2021年5月17日月曜日

ついてゆけない…鬼やばな活用?! 企画展「鬼は滅びない」担当ひとこと裏話 其の漆

  「鬼胡桃」、「鬼教官」。大きいものや怖いもの表すときに言葉の頭に「鬼」をつけることがあります。一方で「鬼〇〇」という用法はそれだけでなく、若者言葉としてもつかわれ続けているようです。

 

 言葉の年鑑『現代用語の基礎知識2020』の若者用語の解説をのぞいてみると、「意味、使用法の進化系」のカテゴリに「鬼」が「とても。やばいくらい。」という強調表現として採集されています。過去の『現代用語の基礎知識』をめくってみると、2006年くらいからこのような説明で「鬼」が記載されています。

 もう少しさかのぼってみると、1989年には「鬼ざん」という言葉が載っていました。解説には「鬼のような残業。デートなどの約束がある時にいや応なしに押しつけられる残業。」とあります。鬼のような……拘束時間や内容が長い・重いというところでしょうか。ここでは「残業」自体がネガティブワード、というのもありますが、「鬼」自体もどちらかというとネガティブなイメージをもってつかわれていそうですね。

 翌年の90年には、「鬼」単独で採録されています。解説には、「ものすごく、鬼ごみ、鬼ぶす」とあり、こちらの用例もマイナスイメージの単語の強調になっています。

 

 用例に変化が出てくるのは94年からです。「鬼うま、鬼かわ、鬼ごみ、鬼こわ、鬼すご、鬼だる、鬼へん(へんてこ)」と用例のバリエーションが一気に増え、ポジティブな単語にもつかわれています。

 

 ちょっとくすっとしてしまったのが98年。「鬼」が採録されているカテゴリは「超強調」。「いくら強調してもし足りないほど言葉が不足している」とことばが添えられていました。

 

 さて、『現代用語の基礎知識』2010年~2020年には「鬼○○は最上級を意味する。」と書かれていますが、ここまで『現代用語の基礎知識』に頼りすぎてしまったので、ここで少し視点をひろげて「鬼」用例を拾ってみたいと思います。若者言葉としての「鬼○○」は2010年代に入ってさらに広がりを見せているようです。

 

「鬼コ」

 これは2015「ギャル流行語大賞」(GRP by TWIN PLANET)で6位にランクインした言葉です。聞きなれない方は「コ」が何を意味するのか考える楽しさがありますね。どんな意味でしょう。

 

 正解は、鬼コール。ひたすら電話をかけ続けること、でした。

 (隣の先輩いわく「鬼電」ならわかるけど!「鬼電」なら!!!)

 

 続きましてギャル雑誌eggの「egg流行語大賞2018」(株式会社MRA)にはこんな「鬼」用語がふたつランクインしています。

6位「鬼盛れ」

2位「鬼パリピ」

 

 「鬼盛れ」は「すごく盛れる事」とあります。ちなみに「盛る」は物理的に高さ、大きさを出していく・(話を)おおげさにいうという意味もありますが、最近はSNSにあげる写真映えなども関係してきらびやかする・見栄えをよくするという意味でも使われているように思います。「鬼盛れ」したらテンション爆アゲよいちょまるですね。

 

 さて、学芸課鬼殺係のメンバーでふと、「鬼」って言葉としても滅びずに現役だよね、なんて話から意識し始めた「鬼」若者言葉ですが、今回初耳で悔しかったのが最後にご紹介の「鬼パリピ」です。

 こちらは「鬼」よりもさらに上級表現。「鬼パリピかわいい!」(とんでもなくはちゃめちゃにかわいい!)などという使い方をします。ここでの「パリピ」、パーティーピーポーの略語も強調表現の一種なのだそうで、「鬼」+「パリピ」ということで、それは大変な強意を感じます。うーん、若者言葉の勢いの凄まじさには、もはやぴえんこえてぱおん。

 

 ということで、「鬼」は若者言葉の強調表現として、少しずつ用法を変えながら少なくともここ30年ほどつかわれ続けてきたようです。その用例を見ているとポジティブな意味にも多くつかわれています。

 まさに、「いくら強調してもし足りないほど言葉が不足している」若者にとって「鬼」とは、良いも悪いもなく、ただただ物足りなさを補うときの心強いアイテムなのかもしれません。

 「鬼」しか勝たん!

 

企画展「鬼は滅びない」連載ブログ担当ひとこと裏話、これにて閉幕……!

(学芸課鬼殺係・さとう)

 


■企画展「鬼は滅びない」は2021613日(日)まで開催中。

※緊急事態宣言の発出を受け、531日(月)まで閉室中です。 

2021年5月10日月曜日

鬼瓦は鬼じゃない?!  企画展「鬼は滅びない」担当ひとこと裏話 其の陸

 

鬼瓦は鬼じゃないって?!そんなわけないやん。だって「鬼」瓦なのに。

 

でも、よ~く屋根を見上げてみて。



あれ?鬼の顔じゃなくて「水」って書いてある。こっちのは花だし、あっちのは家紋?動物や七福神が付いているものまであるばい!!

 


「鬼瓦」という名称は鬼モチーフの瓦が多く作られていた頃の名残なんだ。棟の端からの漏りを防ぐ役割のものは、鬼の顔じゃなくてもすべて「鬼瓦」と呼ばれているよ。

そもそも日本で使われ始めた頃は、神獣や蓮の花がモチーフとして使われていて、僕たちがイメージする「鬼瓦」となったのは室町時代のことなんだって。


 

鬼瓦って、鬼のパワーで家を守ってくれているものだと思うとったとに・・・。

 


確かにそういった意味合いもあるみたい。ただ、魔除けの意味合いが強かった時代とは違って、現代は装飾性がより強く意識された様々な鬼瓦が造られるようになってきたようだね。といっても最近は、瓦を葺いている家も少ないけど。

 

 

次週「ついてゆけない…鬼やばな活用?!517日公開です。つづく!

(学芸課鬼殺係・考古担当)

 

■企画展「鬼は滅びない」は2021613日(日)まで開催中。

2021年5月3日月曜日

鬼を食らう?!  企画展「鬼は滅びない」担当ひとこと裏話 其の伍

 中国では、古くから「鬼」によって引き起こされる「鬼病」が研究されてきました。紀元前後に記されたさまざまな医書には、その症状や治療法が記されています。今回は、「鬼病」にまつわる裏話をご紹介します。

 

まず、ひとくちに「鬼病」と言っても、さまざまな種類があります。

原因が思い当たらないのに突然体が痛んだり出血したりする場合や、夢や現実で鬼に出会い不調をきたす場合、鬼に憑りつかれておかしくなる場合、そして伝染性の病などが、「鬼」のせいだと考えられていたようです。

「鬼病」というと何か特殊な、遠い世界の話のようですが、たとえば原因が思い当たらないのに体が痛んだり出血したりするケースは、誰しも経験があるのではないでしょうか。
 特に何をしたわけでもないのに鼻血が出やすい人、いますよね。個人的には、いつのまにかスネに打ち身(青タン)が出来ていることがよくあります。あれは、鬼の仕業だったんですねえ。

夢に鬼が出てくることもありえますし、伝染病も日常的なリスクです。「鬼病」とは、案外身近な病だったのかもしれません。


古い医書によれば「鬼病」の治療には、薬や鍼(はり)・灸(きゅう)などの医学的治療と、現代では理解しづらい呪符や呪文などの呪術的治療が、併用されていました。

呪術的治療の例を、ほんの一部ご紹介しましょう。

今では解読困難なものも多くありますが、「鬼病」に用いられる呪文には、鬼を威嚇し退去を命じる内容のものがよくみられます。鬼が逃げ出せば「鬼病」は治ると考えられていたのでしょう。

中には「鬼を食らう」と宣言する呪文もあるようです。

鬼に食べられるのは御免ですが、かといって鬼を食べるのもなかなか…呪文とはいえ、胃腸のあたりがもぞもぞします。相当の覚悟がないと出来ないことだよな、と当時の医療者と現代のあれこれを思い出します。

「鬼を食らう」という発想は、美術資料や説話集ではあまり見かけません。医学分野には、少し特殊な「鬼」観がみられるようです。(参考:企画展示解説「鬼は滅びない -Demons Die Hard-」


 呪術的治療をもう一例挙げましょう。

 医書に残る最古の「鬼病」として知られるのは「■(き)※「鬼」の右上に「支」と書くのですが変換できず…」という病です。その予防治療には「東側に張り出したの枝」が使われました。

 一見不思議な素材指定ですが、ピンときた方もいらっしゃるでしょう。

 東といえば「朝日」を浴びる方角ですし「桃」も本展でご紹介したとおり、どちらも鬼を退ける力を秘めたものだからです。参考:博物館ブログ「鬼は朝日が苦手?! 企画展「鬼は滅びない」担当ひとこと裏話 其の参」) 

 神話や説話集に出てきた鬼除けアイテムが、実際に暮らしのなかで使われていたなんて、鬼の存在がよりリアルに感じられてわくわくしませんか。

 なおこの「■(き)」とは、鬼が母親の腹の中にいる胎児に嫉妬心を起こさせ、先に生まれた兄弟児に下痢や発熱悪寒を引き起こす、という現代人二度見必至の病ですが、後代になるとこの症状は、母親の懐妊や悪阻に伴って乳離れさせられたことによる乳児栄養失調症であるとされ、「弟見悪阻(おとみづわり)」などと呼ばれるようになります。

 医学の進歩によって「鬼病」はひとつひとつ解体され、別の病になっていったのかもしれません。スネの打撲傷も、今や鬼ではなくて不注意のせい…世知辛い!

 

 

次週「鬼瓦は鬼じゃない?!」は510日公開す。つづく!


(学芸課鬼殺係・ささき)

■企画展「鬼は滅びない」は613日(日)まで。

参考文献:長谷川雅雄、辻本裕成、クネヒト・ペトロ著「「鬼」のもたらす病(上)」(『南山大学研究紀要』2018