2018年7月10日火曜日

浄土九州展ブログ 西方に極楽あり その8

「仏像学芸員」に必要なもの 
学芸員に求められる能力とは何か?このような質問があったとすると、様々な答えが思い浮かびます。
専門分野の知識や論文などを書く力はもちろん、作品・資料に対する探究心や好奇心、展覧会を企画する際に必要になる体力、根気、交渉力、計画性、経営センスなどなど・・こうした資質というべき能力はとても大切ですが、実際の現場では作品・資料の取り扱いや輸送、展示ディスプレイ、保存や修覆に関するいろんな知識や技能も必要です。

撮影中の仏像学芸員

なかでも、仏像(特に地方の)を専門にする学芸員に限れば、体力と自動車の運転と写真撮影の技術はかなり重要度が高くなるように思います。その理由は・・
一、仏像は大きくて重い場合がある。
二、仏像は山奥の辺鄙な場所にあることも多い。
三、立体物だから正面だけでなく各部の造形がわかるきっちりした写真が必要。
今回の浄土九州展でも昨日は佐賀、今日は熊本というように、福岡市役所マークのついた庁用車アルト号にカメラ機材を積んでずいぶん走りまわりました。

庁用車アルト号

調査ではまず仏像を仏壇から降ろして積もり積もった埃を刷毛で払い、各部の計測をおこない、形状や構造を記録し、そしてバックペーパーの上に仏像を置いて前後左右、像底と写真を撮っていきます。大きさや作品としての重要性にもよりますが、一体の仏像を調査するのに半日かかることもあります。

仏像の下からヤモリが出てきたり、台座の中からネズミのミイラが出てきたりしても一切動ぜず、汗と埃にまみれ、時には寒さに震えながら仏像の観察に集中します。そんなことをして何が楽しいのか?と思われる方もおられるでしょう。

でも、凄い仏像や重要な銘文などを発見したときの喜びは格別です。例えるなら、チョコボールの金のエンゼルマークが当たった(おもちゃの缶詰がもらえる)気分とでも言えばわかるでしょうか(わかりませんよね)。

最後に僕が尊敬する熊本の大先輩O倉さんの名言を紹介します。
「学芸員は車の運転と写真ができれば十分バイ。」
O倉△!(O倉さんカッケー)

Posted by: 末吉(浄土九州展担当学芸員)

2018年7月6日金曜日

大雨の影響により、福岡市博物館は明日7月7日(土曜)臨時休館します



明日7月7日は「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」の開幕日ですが、大雨の影響により臨時休館いたします。

どうぞよろしくお願いします。

現時点では、福岡市博物館は7月7日(土曜)開館予定です

大雨が続いていますが、今のところ、明日7月7日は通常開館を予定しています。(明日7月7日は「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」の開幕日です)

ただし、今後の天候や災害状況次第では、臨時休館をする場合があります。その際は、福岡市博物館ブログ、公式ツイッター@fukuokaC_museum、公式facebookページでお知らせを行います。

どうぞよろしくお願いします。

2018年7月4日水曜日

浄土九州展ブログ 西方に極楽あり その7

涙が出た話 

去年の秋も深まったころ、福岡県八女市の荘厳寺(しょうごんじ)で、ある仏画を調査しました。


中央に立つ阿弥陀如来と蓮台(れんだい)を捧げ持つ観音菩薩、合掌する勢至(せいし)菩薩の三尊を描いた阿弥陀三尊来迎図(あみださんぞんらいごうず)です。こうした来迎図は中世に数多く制作され、臨終を迎える人の枕元に掛けられたと言われています。

まったく未調査の作品でしたが開けてびっくり、非常に細やかな截金(きりかね=細く切った金箔を貼り付けて文様にする技法)が施された、九州ではまれに見る本格的な作品でした。


一緒に調査した仏画が専門の筑紫女学園大学のK准教授と、「これ、鎌倉時代だよね!?」と感激しながら、この日初めて実戦に投入した愛機ペンタックス645Zで撮影をおこないました。

実は問題はここから。
夜、一人でその写真をパソコンの画面で拡大し、細部の表現を確認していたときのこと。
あれ?なぜか不意に涙がポロポロ出てくるではありませんか。これまで作品を調査してそんなことはなかったし、個人的にも最近悲しいことがあったわけでもありません。

いい年の男が夜中に一人涙を流している姿なんてとても人に見せられませんが、その後何となく心がスッキリとして穏やかな気持ちになりました。これがいわゆるカタルシスというやつでしょうか。

人の常として、この世に生まれたときは母や父が喜んで迎えてくれたけれど、死ぬときは一人ぼっちでどこか知らないところへ旅立たねばならない―、このように考えると誰でも不安になりますよね。善美を尽くして制作された仏画や仏像、中でも人生の最後に目にする来迎図には、ひょっとするとそんな人間の持つ根源的な不安や寂しさに応える作用があるのかもしれません。

あなたの命は、たとえどんなに罪をおかして汚れていても、それでも観音菩薩が捧げる金の蓮台に乗ることができる、勢至菩薩の合掌敬礼(きょうらい)を受ける価値がある・・
阿弥陀来迎図とは、そんな人の命に対する絶対的な肯定を形にしたものだとしみじみ感じました。
浄土九州展ではこの作品のほか10点余りの来迎図を公開します。

仏教美術に興味があってもなくても、ぜひ作品の前に立ち本物の凄みを体験してみてください。

Posted by: 末吉(浄土九州展担当学芸員)