【写真1】「大江山絵巻」 右下に藤(東・春)が描かれています。
さて「鬼と香り」と言えば、節分の日に門口に飾る「柊鰯(ひいらぎいわし)」があります。柊の枝に鰯(いわし)や鯔(ぼら)などの頭を挿したもので、鬼や邪気はその強力な魚臭を嫌がると言われています。(反対に好むとする地域もあるのですけれど…)
漫画の中では、藤の「匂い袋」が鬼除けのお守りになっているのですが、季節限定の藤より、産地や種類によっては年中獲れる鰯の「臭い袋」の方がもしや便利なのでは?と考えてしまいました。とはいえ鬼みたいに「刺激的なニオイ」なのでしょうけれどね。(其の壱「鬼はくさい?!」を参照 http://fcmuseum.blogspot.com/2021/04/blog-post.html)
また本展での「護摩を焚く」コーナーでは、『源氏物語』を主題とする能の演目「葵上」で、高貴な女性が変じた鬼(六条御息所)について取り上げています。恋敵への強い嫉妬のあまり生霊となる六条御息所は、自身に染み付いた芥子(けし)の香に気づき、自らが護摩で調伏されるべき物の怪(鬼)と化したことを悟る云々というものです。
仏教の世界では、芥子の辛味が災いや不幸を取り除くことに功能がある、芥子の種を焼いて煙を服に染み込ませれば邪鬼払いになる、とされているようです。『源氏物語』に記される「芥子の香」とはどのような香りなのでしょうか。「けし(芥子・罌粟)」には、古くから仏教の護摩で用いられてきた「カラシナ」【写真2】と室町時代に日本に入ってきたとされる「ポピー」(あんぱんに付いている粒々ですね)【写真3】があります。現在ではポピーを護摩でつかうお寺もあるとのことで、園芸用カラシナと護摩用ポピーを使って芥子の香を学芸課鬼殺係が確かめてみました。
【写真2】カラシナ(焚く前)
【写真3】ポピー(焚く前)
焚く前の状態は「無臭」です。わずかにカラシナの種に肥料臭さを感じる人もいました。火であぶる(一部は火に直接投げ込みました)と「バチバチッ」という破裂音とともに香ばしい匂いが漂ってきました。ふむふむ、これが生霊(鬼)を調伏する際の香りなのですね。
学芸課鬼殺係の表現を引用するならば、「どちらも香ばしいけれど、カラシナはポピーよりツンとする感じ(わずかに刺激的)」、「ポピーは甘く、米粉パンのようなにおい」とのこと。また少量では鼻を近づけないと香りが分かりにくく「芥子の残り香」というには結構な量が必要そうです。一説には六条御息所のお話に出てくる「取れない芥子の香」自体、六条御息所の精神状態が正常ではないことを示している(芥子の香が取れないのは幻覚である)という見方もあるようです。本展では、実験で使ったポピーを(実際に嗅ぐことはできませんが)参考資料として紹介しています。
次週は「鬼を食らう?!」は5月3日公開です。つづく!
(学芸課鬼殺係・かわぐち)
■企画展「鬼は滅びない」は6月13日(日)まで。
■参考文献
定方晟2002「芥子粒」『文明研究』(21)
藤本勝義2002「六条御息所の幻覚の構造―芥子の香のエピソードをめぐって」『日本文学』(51)