2022年8月19日金曜日

【別冊シーサイドももち】〈001〉よかトピアに男闘呼組がやってきた!


『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)の販売が始まりました。


こんな本です。イラストがカワイイ!!(自画自賛)

※ 本の内容についてはコチラをクリックしてご覧ください。


この本は、埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」を、その前史からマニアックに深掘りした1冊です。


1つのまちだけを取り上げる本なんて、なかなかないのですが、「シーサイドももち」の歴史をふり返ると、福岡市全体の過去と今と未来の姿までもが浮かび上がってきました。


博多・天神とは違った歴史をたどる「シーサイドももち」を通してはじめて知ることができる福岡の姿。

これまでにない新しい視点の本になっています。


ここがかつて海だったときに大賑わいだった「百道海水浴場」、まちのスタートと福岡の未来を印象づけた「アジア太平洋博覧会―福岡'89(よかトピア)」など、当時の写真や記録にもとづいて描いたイラストも満載。

知っている人は懐かしく、知らない人も楽しくどうぞご覧ください。


おいでよ! シーサイドももち!


ところでこの本、全部で176ページあるのですが、いざ作り始めると、実は全然ページが足りなかったのです…。

書きたいことは山ほどあって、載せられなかった出来事や、詳しく触れられなかったこともたくさん。


そこでこの連載では「別冊 シーサイドももち」と題して、本に載らなかった蔵出し記事やこぼれ話など、スピンオフとして発信していこうかなと思っています。

本と一緒に楽しんでもらえるとうれしいです。


記念すべき第1回は、「よかトピア」のお話から…。


 

〈001〉よかトピアに男闘呼組がやってきた!


先日、男闘呼組(おとこぐみ)のメンバーが久しぶりに集まってテレビで演奏したことが話題になりました。


男闘呼組は1988年にジャニーズ事務所からデビューしたバンド。

メンバーは、成田昭次さん(Vo、G)、前田耕陽さん(Vo、key)、高橋和也さん(Vo、B)、岡本健一さん(Vo、G)の4人です。


ジャニーズ事務所のアイドルが本格的なバンドでデビューしたとあって、当時はアイドルファンだけにとどまらず、幅広い人気を集めました。


1993年の活動停止以来の再結集には、ほんとびっくり。

カラオケの場所がコンテナや電話ボックスみたいな形だったころに(文字通りの「カラオケボックス」)、友達と「TIME ZONE」(オリコン週間1位)を歌っていたことが蘇ってきました。


この男闘呼組、実は「シーサイドももち」にやってきています。


埋め立てられたばかりの「シーサイドももち」で開かれた「アジア太平洋博覧会―福岡'89(よかトピア)」(1989年3月17日~9月3日)は、“イベント博”と呼ばれていたくらい、毎日たくさんのステージやショーをやっていました(その数なんと全部で8881回!)


当時人気だったタレントも数多く出演していますが、なかでも飛び抜けて人気だったイベントの1つが、この男闘呼組のコンサートです。

(もう1つはジャッキー・チェンのショーなのですが、この話はまた今度…)


男闘呼組のコンサートは5月6日(土)、ゴールデンウィーク中の週末でした。

公演は午後に2回、博覧会に入場した人であれば、コンサートの観覧は無料です。


会場は、福岡タワーの北側にあった、海辺の大ステージ「リゾートシアター」でした。

帆船をイメージした外観の「リゾートシアター」は、開会式・閉会式や大きな国際イベントもおこなう、よかトピアのメーンステージです。

収容人数は2200人、常設大型劇場なみの音響・照明装置を備えた本格派でした。


(福岡市博物館所蔵パネルより)
リゾートシアターは砂浜に面した場所にありました。
海沿いのステージなんて、まるで夏フェスみたい!


(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡'89公式記録』
〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より)

リゾートシアターの平面図。ほ、本格的…。


ただ、当時の男闘呼組といえば、よかトピアの前年に発売したシングル1枚目「DAYBREAK」、2枚目「秋」はともにオリコン週間1位を獲得しています。

その年には日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞して、NHK紅白歌合戦にも出場していますし、年が明けて1989年2月発売の3枚目シングル「TIME ZONE」もオリコン週間1位という、人気の絶頂です。


「リゾートシアター」でおこなわれる人気のコンサートでは、当日会場前で座席券が配布されるのが通常でした。

しかし、そういう大人気のなかでのコンサートでしたので、異例の事前応募という措置がとられました。


男闘呼組のコンサートへの入場には、往復ハガキに2回のうちどちらかの回を指定したうえで、住所・名前・電話番号を書いて、よかトピアを主催しているアジア太平洋博覧会協会へ送る必要がありました。


あて先は、「〒814 福岡市早良区郵便局内 アジア太平洋博覧会協会・男闘呼組係」。


今ならインターネットでの受け付けがメーンになるのでしょうけど、往復ハガキのみというのが時代を感じさせます(郵便番号もまだ3ケタ)。

「男闘呼組係」という直球のネーミングは、当時の大人気があってこそ通じる文字面ですよね。


締め切りは4月18日(火)必着で、2枚以上の応募は無効でした。

今見ると、4月18日に受け付けを終えて、それから抽選、開催までにハガキの返送というスケジュールですから、協会職員さんのご苦労も忍ばれます。


また、今でしたらSNSを通じて事前応募制であることを拡散できますが、当時は募集に気付いたときには、もう締め切られていたという人もいたのではないでしょうか。


当日は満員御礼のなか、15時と17時の2回にわたってコンサートが無事に開催されました。


ただ、会場にはやはり男闘呼組を観たいという入場者が「リゾートシアター」の外にあふれていました。

そのため、この日だけ会場の「東広場」に大型のモニターを置いて、「リゾートシアター」に入れなかった人にもコンサートを楽しんでもらったそうです。


(市史編さん室作成)
リゾートシアターと東広場の位置関係はこんな感じ。


男闘呼組は、その3か月後の8月には東京ドームでコンサートをおこないましたので、福岡で無料(博覧会の入場料は必要でしたけど)で見られたこのコンサートはまさにプレミアチケットになりました。


この男闘呼組のコンサートは、これから連日開かれた「ヤングフェスティバル1」という人気アイドルのコンサートのスタートをかざるものでした。


男闘呼組の翌日、5月7日には荻野目洋子さん、8日は芳本美代子さん、9日は渡辺美奈代さん、10日は早見優さんが、次々とこの「リゾートシアター」に登場して、中盤にさしかかる博覧会を盛り上げました。


#シーサイドももち #アジア太平洋博覧会 #よかトピア #男闘呼組




【参考文献】

・『アジア太平洋博ニュース 夢かわら版'89保存版』((株)西日本新聞社・秀巧社印刷(株)・(株)プランニング秀巧社企画編集、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1989年)

・『アジア太平洋博覧会―福岡'89 公式記録』((株)西日本新聞社編集製作、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1990年)


[Written by はらださとし/Illustration by ピー・アンド・エル]



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