2020年9月1日火曜日

〔連載ブログ9〕病はどこから身体に入ってくるのか

 新型コロナウイルス感染症の流行によって、私たちは生活様式の変更を余儀なくされています。今まで以上に手洗い・うがいの徹底、マスクの着用、「三密(密集・密接・密閉)」の回避など、感染拡大防止が求められるようになりました。

 それは、新型コロナウイルスの感染経路として、現時点で大きく分けて飛沫感染と接触感染の二つが想定されているからです。

 

【飛沫感染】

くしゃみや咳などにより、感染者の飛沫と一緒にウイルスが放出され、他者がそのウイルスを口や鼻から吸い込んで感染すること

【接触感染】

ウイルスが手に付着した状態で目、鼻、口などの粘膜を触ることで感染すること

 

 つまり、ウイルスが体内に侵入する主な経路は、目、鼻、口であることは医学的に解明されているわけです。(このようなことは言うまでもなく、皆さんにとってはごく当たり前で常識的なことだと思います。)

 

 しかし、現代では常識的なことでも、医学が発達していなかった時代には、目に見えない病魔の正体はわかりません。しかし、病魔を体内に “入れない“方法を考えねばなりませんでした。


 では、病魔はどこから体内に侵入してくると考えられていたのでしょうか。

 直接関係ないことかもしれませんが、皆さんは「霊柩車(れいきゅうしゃ)を見ると親指を隠す」という俗信・迷信をご存じでしょうか。(もはや霊柩車も失われた文化かもしれませんが…)


実は、これに似た親指の俗信・迷信は少なくありません。例えば、「夜道を歩くときは、親指を中にして握っていると狐に化かされない」、「疫病を除けるには両手の親指を中にして握っているとよい」、「猛犬に出会ったときは両手の親指をなかにして拳を握りしめ、犬の眼を睨むと良い」などです。

 

このように親指に関する俗信や迷信を調べると、霊柩車を見て親指を隠すのは死の穢(けが)れが体内に侵入することを防ぐためだと推測できます。つまり、親指は人間の身体の中でも目に見えない何ものかの出入り口として考えられていたようです。

 

その他にも、無防備な背中からは悪いものが侵入しやすく、特に生まれたばかりの赤子は気をつけなければならないと考えられていました。それは赤子の産着が大人の着物とは異なり、背筋に縫い目のない一つ身の着物で、背後を見張る“目”がないからでした。

 

そこで、悪いものの侵入を防ぐために、産着の背に魔除けとして“背守り”を縫い付けることがありました。非科学的ではありますが、呪(まじな)いをかけた縫い“目”によって侵入を防ごうというわけです。

 

背守りは写真1のように色糸を縫い付ける場合もあれば、縁起の良い吉祥紋様(きっしょうもんよう)を縫い付けることもあります。

 

写真1 産着(一つ身)

写真2はその吉祥紋様や魔除け紋様の見本です。本来はこの上でアイロン掛けや裁縫をする際に使うもので、ヘラ台といいます。


写真2 ヘラ台(背守り見本)
 

このヘラ台には70個ほどの背守りの見本が載っています。例えば、魔除けとしての意味合いが強いものには六芒星(ろくぼうせい)、いわゆる「かごのめ」紋様があります。悪いものは「凝視」されることを嫌うと考えられたため、目がたくさんある「かごのめ」が魔除けの意味を持っていました。


また、子どもの成長を願う紋様に「麻」があります。丈夫ですくすくと真っ直ぐ育つ麻の植生にあやかったものです。麻にまつわる紋様として「あさのは」や「あさのはぐるま」なども載っています。

         


 

ほかにも、縁起の良い紋様として「松」や「鶴」などがあります。松は常緑であることから常磐木と呼ばれ、古くから吉祥樹として親しまれてきました。一方、「鶴は千年」といわれるように長寿を象徴していて、「ろつかくつる」「をりつる」「つるのまる」「くわりんつる(こうりんつる)」などが載っています。

    


 もちろん、こうした風習は現代の私たちから見れば迷信であることは明らかで、新型コロナウイルス対策にはなりません。しかし、このような風習にすがりながらも、先人たちが災禍(さいか)を乗り越えてきたことは揺るがない事実です。

 

少しでも今を生きる私たちのヒントになれば幸いです。

 


(学芸課 石井)

 


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【余談】

写真2には、「みます(三枡)」の紋様も載っています。枡は穀物や液体の量を計るための入れ物です。

 


この三枡紋は歌舞伎役者市川團十郎の定紋(家々や団体で定めている正式な家紋)として有名です。市川家の三枡紋は大中小の枡が入れ子になった形で、写真2に載っている紋とはデザインが多少異なりますが、どちらも同様の意味を持つといわれています。

 

枡は「増す」に語呂が合い、三枡は益々繁盛をさらに上回って芝居小屋が大入りになるという願掛けが込められています。

 

益々繁盛=ますますはんじょう=升升半升=二升半

※枡は升とも表記することがあります

 

 益々繁盛は二升半、三枡は三升です。つまり、三升は二升半よりも大きな数字になるため、さらに縁起が良いということになります。※一升は約1800ml

 

このように吉祥紋様は歌舞伎役者とも関連しています。「やまいとくらし ~今みておきたいモノたち~」の後期展示(令和21020日(火)~1129日(日))では、市川團十郎を含めた歌舞伎関連資料の展示を予定しています。こちらも併せてお楽しみください。

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