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2026年2月18日水曜日

Do history! 「歴史」をやろう!

 こんにちは、博物館総館長の中野です。前回の総館長歴史講座「楽史の集い」は「ネタばれ大河ドラマ 豊臣秀長について」と題して、123日に実施しました。折から特別展「ディズニーアニメーション・イマーシブエクスペリエンス」の開催中で、2階のミュージアム・モールは入場待ちのお客様が周回するほどの、まさに長蛇の列でした。講座をやる喫茶・談話室は、一転閑古鳥が鳴いているかと思いきや、なんとこちらも70大盛況で、参加者数の新記録達成ということになりました。さすがにNHKの大河ドラマ人気は大したものです。ありがとうございました。

講座の様子

 講座は、豊臣秀吉・秀長兄弟が歴史の表舞台に登場する前の、いわば「有史以前」をとりあげました。歴史学の立場からすると、「この時期の豊臣兄弟については何も分かりません」ということになります。秀吉は自身の権威に見合った出生のストーリーを新たに描こうとして、殊更に父親の存在を打ち消そうとしていようにも思えます。確実な史料もないなかで、闇雲に進んでいけば道に迷うだけのような気がしています。とはいえ、だからというべきかもしれませんが、ドラマでは二人の前半生がとても面白く描かれているようです。

 大学に象徴されるアカデミックの世界は、このような歴史ドラマとの間に距離をおいていた頃もありましたが、最近はどうでしょう。ある調査での「歴史に興味をもったきっかけは?」との問いに、実写ドラマや映画などという回答が最も多かったそうです。米国における「SHOGUN 将軍」の大成功などを考えると、こうした傾向はさらに高まっていくものと想像されます。もはや「いい加減なつくり話」といったレッテルを貼って、孤高を気取っているような時代ではないのです。

講座の様子

 大河ドラマの例をあげるまでもなく、「歴史」や「文化」は、実は市民生活の身近にあるものなのです。私見にはなりますが、博物館も一緒になって歴史ドラマを楽しんでいいのではないでしょうか。すこし難しい表現になりますが、こういう姿勢を歴史実践(do history)と言います。今回のタイトルです。前回の講座は「有史以前」を取り上げましたが、大河ドラマの進行にあわせて、引き続き(断続的に)豊臣兄弟をテーマとして取り上げていこうと思っています。よろしくおつきあいください。

 さて、次回はすこし視点を変えて「おなまえ」の歴史に迫っていきます。講座でも触れましたが、最近は「豊臣秀吉」ではなく「羽柴秀吉」というのが正しいという説も唱えられています。「豊臣」は氏(うじ)ないし姓(かばね)で、「羽柴」は苗字(名字)です。現在では苗字(名字)も氏も姓も同じものを指しますが、歴史的にみるとこれらは全然別のものになります。ここが整理できないと、「豊臣秀吉」と「羽柴秀吉」の違いもわかりません。次回は、こんなところから、身近な「歴史」に迫ってみたいと考えています。乞うご期待!!

2026年1月7日水曜日

丙午(ひのえうま)のお正月

  新年明けましておめでとうございます。総館長の中野です...大変お久しぶりです。なんとなくはじめたこのコーナーですが、昨年の8月以来更新を怠っておりました。総館長の歴史講座「楽史の集い」を終えた後、その報告を兼ねて、都度都度更新していたのですが、昨年の後半にやった「関ケ原戦陣図屏風によせて」のあとは、そのままになっていました。お正月ということで気分一新、徒然(つれづれ)なるままに再開すべく、キーボードをたたいております。よろしくお付き合いください。

 表題にもあげたように、今年は丙午(ひのえうま)の年にあたります。かつては「丙午生まれの女性は気性が激しい」などという非科学的な言い伝えもあって、この年の出産を嫌うという、ほかの年にはない特別の意味合いがありました。さすがに少子高齢化社会となった現在では、そうした迷信や呪縛に関わってもいられないというところでしょうか。 時間(年)の数え方には紀元や元号など、ある年を起点に経過年を重ねていく、いわば直線的なシステムとともに、一定の年数で繰り返される循環的な、すなわち円環的なシステムがあります。西暦2026年や元号による令和8年などは前者で、丙午(ひのえうま)など干支(えと)による紀年法は後者となります。

 干支による紀年法とは、甲乙丙丁から始まる十干(じっかん)と、おなじみの子丑寅卯の十二支(じゅうにし)の組み合わせで年を表す方法です。ただし、その組み合わせは120通り(10×12)ではなく、60通りとなります。十干と十二支にはそれぞれ陽と陰とがあって一つおきになっており、陽同士・陰同士は結びますが、陽と陰との組み合わせはありません。ちなみに昨年は乙巳(きのとみ)で、乙(きのと)も巳(み)も陰の干支ですが、今年の丙(ひのえ)は陽干、午(うま)も陽支となります。したがって、組み合わせも陽の方が5×6、陰の方も5×6で、合わせて60通りとなります。逆に言えば、60年で干支がひとまわりしますから、今年は60年ぶりにめぐってきた丙午(ひのえうま)に当たるわけです。数え歳60のお祝いを還暦(生まれた年の干支に還る)と称するのも、この紀年法に由来します。

 ちなみに、十干十二支の漢字は元々万物(とりわけ植物)の栄枯盛衰の有様(象・しょう)を表したもので、十二支も動物(十二獣)を意味するものではありませんでした。十二支を親しみ易いようにするため、動物の意味を後付けしたものと考えられています。「馬」ではなく「午」、「羊」ではなく「未」など、普通に動物を示す漢字が用いられていないのはこうした事情に因ります。丙午(ひのえうま)の丙(ひのえ)は「火の兄」で、草木が伸長しその形体が著明になった状態、すなわち炳(あき)らかな様を表しています。一方の午(うま)は始まりの子(ね)の真反対に位置することから、万物が繁盛の極を迎え初めて衰微の傾向が起こりはじめた様を意味します。丙(ひのえ)の方はまだいいとして、年明け早々に飛び込んでくるニュースなどからは、なかなかに明るい未来は想像しにくく、午(うま)の方には妙な現実感を覚えてしまいます。

  さて、新年早々あらぬ方向に話が進んでしまいました。今年も博物館として市民のみなさまのご期待に添えるよう、微力ながらつとめてまいりますので、よろしくお願い致します。恒例の総館長の歴史講座「楽史の集い」は124日(土)午後に開催の予定です。年末からの番宣や「大河本」の洪水で、早くもいささか食傷気味ではありますが、秀吉の弟・豊臣秀長を取り上げたいと考えております。よろしくお願いします。


2025年11月に開催した総館長の歴史講座「楽史の集い」の様子


2025年8月26日火曜日

残暑お見舞い申し上げます


 毎日毎日暑い日が続きます。福岡市博物館総館長の中野です。前々回(5月24日)の「楽史の集い」が終わったあとに更新の予定だったのですが、すっかりサボってしまいました。申し訳ありません。

 さて、「総館長の歴史講座」と冠をつけてリ・スタートした「楽史の集い」は5月・7月と「花押」をテーマに話をしました。事前の広報をご覧になった方から「博物館で押し花の講習をやるのか?」といった問い合わせがいくつかあったそうです。確かに「花押」をひっくり返すと「押し花」にはなりますが、残念ながら当方は「押し花」に関する蘊蓄は持ち合わせておりません。

 「花押」というのは自署によるサインの様なもので、手紙を出す場合などに用いられました。一般の古文書講座などでは、さらっと流されるテーマですが、今回はこれをすこし深掘りしていきました。「花押とは何か?」からはじめ、その歴史や様々なかたち、「花押」の機能や歴史研究に果たす役割などなどを二回に分けてお話いたしました。

講座当日の様子

 「花押」というものをより身近に感じていただきたいと考え、講座の締めくくりとして、参加者みなさんにご自身の「花押」をデザインしていただく時間を設けました。近世(江戸時代)になると、花押の作成にもいろいろな流派がうまれ、難しい約束事がつくられていきます。たとえば、生まれ年の干支によって、花押の線で囲まれた部分(「空穴」と書いて「めど」とよみます)の数に吉凶が生じるといったものです。子年うまれの場合は、「空穴」の数をいくつにすると運勢が開けるが、いくつだと凶運にみまわれるといった具合です。

 こういったことを一々気にし出すと、中々うまくいきませんので、当日は『くずし字辞典』などを利用していただき、お好きな字(漢字に限らず仮名やアルファベット)を基に思い思いに「花押」をデザインしていただきました。限られた時間でしたが、参加されたみなさん大変楽しく、ご自身の「花押」づくりに挑まれていたようです。作品のなかには秀逸なものもいくつかありましたので、折々にこの場で紹介していきたいと思っています。当日参加された方々のご協力をお願いします。

「長」の字をモチーフとした受講者の花押

 さて、次回の「総館長の歴史講座・楽史の集い」は9月27日(土)の午後を予定しております。内容は「関ヶ原合戦」にちなんだものを考えています。7月26日の予告と全く違うものになってしまいましたが、実は9月9日(火)から当館の企画展示室(黒田家名宝展示)で「関ヶ原戦陣図屏風」を展示します。折角の機会ですので、その紹介を兼ねて「関ヶ原合戦」の話をしようかということになりました。ご関心の向きには、是非とも博物館に足をお運びいただければと存じます。開催の時間帯については、博物館のHPや市政だよりなどでご確認いただきたく存じます、併せてよろしくお願いいたします。

福岡市博物館総館長 中野 等


2025年4月30日水曜日

令和7年度をむかえて

 四月になりましたが、寒暖の差の激しい毎日で、体調管理が難しい日々が続いています。博物館総館長の中野です。未体験なことばかりの初年度がようやく終わりましたが、二年目ももうしばらくは試行錯誤が続きそうです。今年度もよろしくお願いします。

 このコーナー「ひとりごと」にしては長いし、変に理屈っぽいという意見をいただいておりますので、今回は短めにしておきます。昨年度試行的に「楽史(らくし)の集い」というのを二回ほど開催しました。テーマは「手紙の書き方」で、講演のようにこちらがひとりで喋るのではなく、気楽に双方向的なやりとりができる「場」を演出しようと考えたのですが、お出でいただいた方々との掛け合いには大変難しいものがありました。もちろん、テーマの選び方もまずかったのかなあという反省もあるのですが、まさに「言うは易く行うは難し」を実感いたしました。


 とはいえ、博物館を身近に感じていただきたいという強い思いはありますので、今年度も継続というか本格開催を考えています。ただし、「双方向的なやりとり」は一旦棚上げして、「楽史の集い」に「総館長の歴史講座」という冠を載せることとしました。つまるところ、当方が話したいことを勝手に話すというスタイルに、割り切っていこうかと思っています。


 5月24日(土)が、今年度の第一回の「総館長の歴史講座・楽史の集い」となりますが、テーマは「花押(かおう)」を取り上げる予定です。「花押」というのは、まぁいってみればサインですね。古文書講座などでは、さーっと通り過ぎるネタだとおもいますが、これにはこれで深淵?な歴史が潜んでいます。

 昔の人のサインというイメージがありますが、現在でも総理大臣をはじめとして閣僚は決裁に使用していますし、新しく花押をデザインするという現代的なビジネスも結構人気があるようです。

 博物館という施設は、研究にしろ展示にしろ「モノ」に拠ってたつところですが、歴史研究が対象とする概念のなかには、抽象度が高くてなかなか展示などに向かないものの多くあります。まだまだ深掘りする余地がありますが、試行でやってみた「手紙」という素材もそうですし、今回の花押も然りです。福岡の古写真を読み解いていきたいとも考えてますし、選択的夫婦別姓の議論も進んでいますが、そもそも「名前」というのは何なのかといことも取り上げたいと考えています。おっと・・・また長くなってきそうなので、今回はこのあたりにしておきます。ではまた。

福岡市博物館総館長 中野 等

2025年1月28日火曜日

「楽史(らくし)の集い」はじめてみました


 1月もやがて終わろうかという頃になり、ほとんど気が抜けてしまいましたが、今年もよろしくお願いします。博物館総館長の中野です。

前回の「ひとりごと」に、今後は展示が難しそうなものなど、いろいろな博物館資料を紹介する場をつくっていきたいと書きました。同時に、市民の皆さんに博物館をより身近に感じていただけるような工夫はできないかとも、ずっと考えております。ご案内のように、博物館では、展覧会に関わるイベントや市史編さん事業の一環として、これまで何度も講演会やシンポジウムなどを企画・実施してきました。それはそれで好評を博しているようですし、成果発信の場としても重要な意味を持っています。とはいえ、講師が高い壇上から語りかけるかたちは、どこか堅苦しく、窮屈なものがあります。もう少し気楽に参加できて、肩の凝らない場があれば、市民の皆さんと博物館の関係も面白くなっていくのでは

こんな漠然とした想いを具体化したのが、ようやく動き始めた「楽史(らくし)の集い」です。命名にあたっては、「講演」というニュアンスを極力排除すべく、「エンジョイ・ヒストリー」や「総館長の歴史サロン」などいくつかの怪しげな候補があがりましたが、結局は「気楽に歴史を楽しむ集まり」というモチーフそのままに、「楽史(らくし)の集い」に落ち着きました。今考えると、「らくし」より「たのし」と読んだ方がいいようにも感じます。いずれにしろ、企ての趣旨がご理解いただければ幸いです。

まだ先のことはよくわからないので、とりあえず今回は「試行第一回」という位置づけでした。博物館も役所ですので、来年度以降に本格始動できればと思っています。125日の「試行第一回」は、「手紙の歴史に学ぶ手紙の書き方」といった内容の話でした。広報にかける時間も十分でなかったのですが、閑古鳥の大合唱というていたらくはなんとか避けることができました。特別展『九州真宗の源流』会期中、最後の週末に重なったのが幸いしたのかもしれません。



テーマは「手紙(書状)の書き方」で、具体的には、前近代の日本社会では、どのような約束の下で手紙が書かれていたのか、昔の手紙をいくつか紹介して、考えていくというものでした。いわゆる「古文書学」とは異なるアプローチを試みたのですが、なかなかに難しいところがありました。手紙を書く上でのいろいろな決まりや約束事は、社会の身分制を前提にしてつくられてきました。いうまでもなく、今の日本社会に身分などは存在しませし、従ってこうした決まり事のなかにはほとんど意味のないものもあります。

近代的な郵便制度が導入され、電信・電報ついで電話が広く普及することで、手紙をめぐる環境は大きく変わっていきました。ひとびとの重要なコミュニケーション手段であった手紙の占める比重は、この過程でどんどんと軽くなっていきました。今に続くEメールやLINEの登場はまさに致命的といって過言ではありません。日常風景のなかに、手紙を書く・送るという行為を見いだすことも、もはや難しくなっています。

そんな時代に「手紙の歴史に学ぶ手紙の書き方」といった話は時代錯誤で、まさに「博物館的所為」かもしれません。しかし、手紙がコミュニケーション手段として、全く役割を終えたわけではありません。何らかの重大局面にたったとき、求められるやりとりはメールや電話などではなく、手紙それも自筆で手紙を書くことだったりもするでしょう。そう考えると、きちんとした手紙を書けるというスキルは未だ必要なものであり、レアな状況であるからこそ、むしろ重要度が増している、といってもいいように思います。

なにやら熱く語ってしまいましたが、要は円滑かつ良好な人間関係・社会関係を創っていく上で、ちゃんとした手紙の書き方を知っていても損はないだろう、ということです。こうした手紙の書き方について、歴史的に遡っていろいろな決まりや約束事を紹介しようというのが、「試行第一回」のはずでした


過去形になっていますが、実は用意した内容が一時間半に収まりきれず、残った後半は次回へ繰り越すこととなったのです(苦笑)。用意した内容がすべて消化できなかったこともそうですが、より大きな反省点はやっぱり「講演」のようになってしまったということです。次回(試行第二回)はもう少し工夫して、よりくだけた感じの、できれば双方向のやりとりができれば、と思っています。

今後は、奇数月の第4土曜日の午後で定例化できれば、と計画しております。ということで、次回は322日の予定です。話は「手紙の歴史に学ぶ手紙の書き方」の途中からにはなりますが、前回の復習からはじめたいと考えておりますので、ご関心の向きには博物館にお運びいただければと思います。もちろん、展示を観に来たついでにのぞいてみる、というのも大歓迎です。ではまた。

                       令和七(2025)年一月二十八日

                       福岡市博物館総館長 中野 等

2024年10月23日水曜日

初めての総館長「講演会」を終えて

 福岡市博物館総館長を仰せつかって、あっという間に半年が経ちました。まだまだ不案内なことばかりですが、新しい環境にもだいぶ慣れてきました。

 さて、既に終了してしまいましたが、9月28日(土)に「大灯籠絵にみる娯楽としての“歴史”」という演題で講演会を開催いたしました。特別展「大灯籠絵」関連事業の一環をなすものでした。

講演会「大灯籠絵にみる娯楽としての“歴史”」の様子

 ようやく総館長として市民の皆さんの前に立つことができ、ささやかなデビュー戦となりました。「講演会」とはいいながら、会場は当館二階の喫茶・談話室でしたので、気軽な感じの会となりました。事前に配られたものには「歴史学の視点から、「大灯籠絵」に描かれた“歴史”の魅力を深く掘り下げる」という概要が語られていましたが、実際にはそこまで大仰なものとはなりませんでした。

 「大灯籠絵」の画題となっているのは史実そのものというより、お芝居や講談などからの取材されたものが大半です。これらが人気の「飾り物」として受け容れられたことを考えると、興行される芝居や講釈などを通じて、民衆社会ならではの“歴史”リテラシーが涵養されていたとみるべきであり、芸所・芝居所としての博多・福岡という視点を抜きに「大灯籠絵」は語れないのではないか・・・。講演の骨子はこうしたところです。

 ただの歌舞伎好き・寄席好きが自分の趣味に引き寄せて、話をこしらえたと言えなくもありませんが、大学教師とは違うスタンスで“歴史”を考えるきっかけにもなり、準備の段階から楽しい時間を過ごすことができました。関係者の皆様に篤くお礼を申し上げます。


講演会「大灯籠絵にみる娯楽としての“歴史”」の様子


 さて、前振りが長くなりましたが、実はここからが本題です。この講演会でも館蔵の「大灯籠絵」はもちろんですが、少し珍しいものとして博多・福岡で開催されたお芝居の番付などを紹介してみました。福岡市博物館は、平成2(1990)年の開館以来、多様かつ膨大な質量の資料を収集してまいりました。いうまでもなく、それらの収蔵資料のすべてが展示の対象となる訳ではありません。今後、展示に限らず資料を公開・活用する術をいろいろと考えていく必要がありますが、まずはこうした館蔵資料を積極的に紹介する場を設けていきたいと考えています。今回の芝居番付はその先駆けのような位置づけとなります。具体的にどういうかたちを採るかまだ確定はしておりませんが、なるだけ早い時期に実現したいと考えています。今回はその予告ということでご理解いただければと存じます。 

令和6(2024)年10月

福岡市博物館総館長 中野 等


2024年5月9日木曜日

新総館長からのご挨拶

総館長就任にあたって 

 有馬学前総館長の跡をうけ、今年4月1日付で福岡市博物館総館長に就任いたしました。専門は戦国時代から江戸時代の日本史で、特に豊臣政権を中心に研究をおこなってきました。現在の福岡市域に関する研究成果として、戦国時代の末期に立花山城に拠って島津氏と戦った立花宗茂や、福岡藩黒田家の家祖黒田孝高(官兵衛・如水)の伝記などを著しています。また、九州大学の定年退職を機に、豊臣秀吉による九州平定の過程を単著にまとめ、薩摩から凱旋した秀吉が博多・箱崎で様々な重要政策を打ち出したことを論じました(『関白秀吉の九州一統』)。

 私が研究している秀吉の時代に限らず、原始・古代から現代に至るまで、現在の福岡市域は日本列島の歴史上とても大きな役割を果たしてきました。このような地に設けられた福岡市博物館の総館長という仕事はとても魅力的なものです。しかし、同時に大きな責任を感じざるを得ません。さまざまなデジタルコンテンツが開発され、加速度的に普及していったことで、我が国はいうまでもなく世界中のおそらくすべての博物館(美術館や動植物園、水族館などを含む)が大きな岐路に立たされています。コロナ禍という未曾有の事態は、これに拍車をかけるものでした。さまざまな技術革新を伴いつつ驚異的なスピードで変化していく現実を前に、未来志向の博物館像を模索し、提示していくことは相当にハードな営みとなります。

 加えて、福岡市博物館は開館から三十余年を経た、リニューアル事業という喫緊の課題も抱えております。もちろん、これは老朽化した設備の改修などにとどまるものではありません。上記の課題を踏まえた、より根本的・本質的な構造改革が求められているといってよいと思います。

 このように、「やるべきこと」「やらなければないないこと」は山積ですが、であるが故に「文化都市」福岡にふさわしい博物館という原点に立ち帰ることも必要ではないでしょうか。就任して間もないこともあり、不案内なことばかりですが、しばらくはこの原点に視座を据えつつ、楽しみながら福岡市博物館の近未来像を模索したいと考えております。以上、簡単ではありますが、総館長就任の挨拶に代えさせていただきます。

                     令和6(2024)年4月
                   福岡市博物館総館長 中野 等