「やまいとくらし」後期展示にて公開している資料の中から、歴代の市川團十郎が詠んだ俳句を紹介します。
まずは、今回初公開となる資料から。
描かれているのは、2代目團十郎の演じる「暫(しばらく」。歌舞伎のスーパーヒーローです。
二代目市川團十郎図
上部に一句、
「喰つみや かち栗ほとの 力昆布 栢莚」
とあります。
「喰(くい)つみ」はお正月に食べるお重のことで、中に詰められた食材名が「かち栗」「力昆布」など、おめでたい掛け言葉になっています。
「勝ち」や「力」は、舞台上の「暫」が超人的なパワーで悪人をバッタバタとなぎ倒す姿と、よく重なります。新年の豪華な食膳のイメージとあいまって、晴れ晴れとした印象の一幅です。
「暫」のにらみを受けると一年を無病息災で過ごせると言われているため、おそらくこの絵の元の持ち主は歌舞伎ファン、それも團十郎の贔屓(ひいき)筋(すじ)で、新年の床の間に飾って一年の無病息災と多幸を祝っていたのでしょう。
気になるのは、「栢莚(はくえん)」の署名です。
「栢莚」の名を使用したのは、2代目團十郎のみとする説と、2代目だけでなく4代目・6代目および12代目の市川團十郎も使用したという説があります。いずれにせよ、この句が市川團十郎の直筆(じきひつ)であれば、とても貴重です。
果たして、本物なのでしょうか…?
結論はまだ出せませんが、今後、筆跡その他を検証して、作者や制作時期を特定することが課題です。
次にもう1点、展示資料をご紹介しましょう。
こちらも「暫」のにらみです。演じる役者は河原崎権十郎(かわらざきごんじゅうろう)、のちに九代目市川團十郎を襲名し、劇聖(げきせい)と呼ばれた名優です。
青砥五郎照綱(あおとごろうてるつな) 九代目三舛(みます)
上部に「三升」の名で寄せられた俳句は、九代目の作です。宝井其角の吟に触発されたものと前置きして、
恥かきの 素袍やむかし 鬼やらひ
とあります。
俳句の意味を解説するのは大変むずかしいのですが、お恥ずかしい芸ですと前置きしながら、自らの演じる暫が鬼(疫病)を祓うことについて、宮中行事の名をかりて触れているようです。
「鬼やらい」・・・悪鬼すなわち疫病を祓うこと。
大晦日に行われる宮中行事を指す場合と、2月の節分を指す場合がある。
「かき」・・・・・「恥掻き」と「柿の素袍(すおう)(柿色の装束)」の掛け言葉。
華やかな茶色(柿色)は、「團十郎柿」と呼ばれ、粋な装いの代名詞だった。
自らを「恥かき」と呼ぶのは、謙遜(けんそん)でしょうか、照れ隠しでしょうか。
いずれにせよ歴代團十郎の俳名やその俳句からは、長く受け継がれてきた歴史や矜持、人気を得ても決して驕らない姿などが伝わってきます。
「疫病を祓う」とされた團十郎の絵姿だけでなく、ぜひその俳句にも注目してみてください。
展示品のほかにも、歴代團十郎の俳句がまだいくつかあります。いつか、まとめてご紹介する機会があればと思います。
(学芸課・佐々木)
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