中国では、古くから「鬼」によって引き起こされる「鬼病」が研究されてきました。紀元前後に記されたさまざまな医書には、その症状や治療法が記されています。今回は、「鬼病」にまつわる裏話をご紹介します。
まず、ひとくちに「鬼病」と言っても、さまざまな種類があります。
原因が思い当たらないのに突然体が痛んだり出血したりする場合や、夢や現実で鬼に出会い不調をきたす場合、鬼に憑りつかれておかしくなる場合、そして伝染性の病などが、「鬼」のせいだと考えられていたようです。
「鬼病」というと何か特殊な、遠い世界の話のようですが、たとえば原因が思い当たらないのに体が痛んだり出血したりするケースは、誰しも経験があるのではないでしょうか。
特に何をしたわけでもないのに鼻血が出やすい人、いますよね。個人的には、いつのまにかスネに打ち身(青タン)が出来ていることがよくあります。あれは、鬼の仕業だったんですねえ。
夢に鬼が出てくることもありえますし、伝染病も日常的なリスクです。「鬼病」とは、案外身近な病だったのかもしれません。
古い医書によれば「鬼病」の治療には、薬や鍼(はり)・灸(きゅう)などの医学的治療と、現代では理解しづらい呪符や呪文などの呪術的治療が、併用されていました。
呪術的治療の例を、ほんの一部ご紹介しましょう。
今では解読困難なものも多くありますが、「鬼病」に用いられる呪文には、鬼を威嚇し退去を命じる内容のものがよくみられます。鬼が逃げ出せば「鬼病」は治ると考えられていたのでしょう。
中には「鬼を食らう」と宣言する呪文もあるようです。
鬼に食べられるのは御免ですが、かといって鬼を食べるのもなかなか…呪文とはいえ、胃腸のあたりがもぞもぞします。相当の覚悟がないと出来ないことだよな、と当時の医療者と現代のあれこれを思い出します。
「鬼を食らう」という発想は、美術資料や説話集ではあまり見かけません。医学分野には、少し特殊な「鬼」観がみられるようです。(参考:企画展示解説「鬼は滅びない -Demons Die Hard-」」
呪術的治療をもう一例挙げましょう。
医書に残る最古の「鬼病」として知られるのは「■(き)※「鬼」の右上に「支」と書くのですが変換できず…」という病です。その予防治療には「東側に張り出した桃の枝」が使われました。
一見不思議な素材指定ですが、ピンときた方もいらっしゃるでしょう。
東といえば「朝日」を浴びる方角ですし「桃」も本展でご紹介したとおり、どちらも鬼を退ける力を秘めたものだからです。(参考:博物館ブログ「鬼は朝日が苦手?! 企画展「鬼は滅びない」担当ひとこと裏話 其の参」)
神話や説話集に出てきた鬼除けアイテムが、実際に暮らしのなかで使われていたなんて、鬼の存在がよりリアルに感じられてわくわくしませんか。
なおこの「■(き)」とは、鬼が母親の腹の中にいる胎児に嫉妬心を起こさせ、先に生まれた兄弟児に下痢や発熱悪寒を引き起こす、という現代人二度見必至の病ですが、後代になるとこの症状は、母親の懐妊や悪阻に伴って乳離れさせられたことによる乳児栄養失調症であるとされ、「弟見悪阻(おとみづわり)」などと呼ばれるようになります。
医学の進歩によって「鬼病」はひとつひとつ解体され、別の病になっていったのかもしれません。スネの打撲傷も、今や鬼ではなくて不注意のせい…世知辛い!
次週「鬼瓦は鬼じゃない?!」は5月10日公開です。つづく!
(学芸課鬼殺係・ささき)
■企画展「鬼は滅びない」は6月13日(日)まで。
■参考文献:長谷川雅雄、辻本裕成、クネヒト・ペトロ著「「鬼」のもたらす病(上)」(『南山大学研究紀要』2018
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