2020年10月19日月曜日

【ふくおかの名宝】鑑賞ガイド⑤ 庚寅銘大刀(こういんめいたち)

 

ご紹介する鉄刀(てっとう)は、現在当館で展示している資料の中で一番新しく指定された国の重要文化財です。九州大学のキャンパス移転にともなう調査で2013年、現・伊都キャンパス内の元岡・桑原遺跡群(福岡市西区)の古墳から発見されました。

今回は、展示室で実際にご覧いただく際のみどころポイントという視点からご紹介したいと思います。


───「姿をみる」

 まずは全身をご覧いただきましょう

庚寅銘大刀の全体を写した写真
全身(福岡市埋蔵文化財センター提供)

長さは、74センチメートル。日本刀の特徴である反りはみられません。今回の鉄刀のように古墳に副葬されている刀は真っすぐな姿の直刀(ちょくとう)です。

反りがある刀が造られるようになるのは平安時代の半ば以降、それ以前の直刀は「大刀」と書いてたちといわれます。日本刀の太刀(たち)と紛らわしいですが、別物になります。


───「金色の輝きを楽しむ」

この大刀の特徴は、何といっても金色の文字が19字記されているところにあります。刀身の棟(むね・背中の部分)をご覧ください。

左:文字が記されている刀身の棟、右:展示ケース全体
展示室ではケースの左側からのぞき込んでみてください。

 鉄でできた刀身は全身錆び、銀色の輝きは過去のものとなっていますが、文字はつくられた当時の輝きのまま肉眼でくっきりとみることができます。

 この輝きは純度の高い金(9193%)によるものです。細く溝を彫りそこに金を埋め込む金象嵌(ぞうがん)で文字が記されています。

 金が光るところは文字だけではありません。緑青で黄緑色になった鎺(はばき)をよく見ると金色がところどころに残り、金メッキが施されていたことがわかります。じっくり顔を近づけてご覧ください。

大刀の柄の部分のアップ
喰出鍔(はみだしつば)の部分に金色がみえます。

───「文字を読む」

さて、大刀に書かれた漢字は、全部で19文字。

「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□(練?)」

と書かれています。最後の文字についてはの部分が2画のみみられ、「練」のほかに「錬」、「凍」などとも読めそうです。

最後の1文字のアップ

読めそうで難しいですね。

ここには大刀をつくった日時について、「庚寅の年の16日、庚寅の日時に刀を作りました」というようなことが書かれています(※1)。「庚寅」が重なる滅多にないときにつくったという吉祥的な意味合いをもっていたようです(※2)。

では庚寅の年とは具体的にいつでしょうか。「庚寅(こういん/かのえとら)」とは60個で1セットの干支(かんし)の一つで、具体的な年や日時を表す単語です。すなわち60年に一度、庚寅の年がやってくるわけですが(60歳で還暦というのはここからきています)、さらにその年の16日が「庚寅」の日にあたる組み合わせは、ぐっと限られ、古墳時代後期あたりの西暦570年と考えられています。具体的な日時を検討できる文字が刻まれている、というところは大きなみどころの一つです。

1 最後の部分は、「□」部分をどう読むかによって、刀をたくさん鍛錬してつくったのか、12本制作したのか、など内容もいくつかの解釈があります。

2 東アジアには「三寅剣」、「四寅剣」と呼ばれる剣があり、この大刀はその古い例にあたると指摘されています。時代を下った1617世紀の朝鮮半島では、災いを祓うような意味合いをもって寅年寅月寅日につくられたという記録があります。


───「文字を見比べる」

14文字目の「刀」のアップ
14文字目の「刀」

一字一字をみると、文字として線の止めや払いが意識されていることがわかります。金の輝きだけでなく、この書体の美しさも大きなみどころです。

さて最後に、鑑賞対象になる文字を楽しんでいただきながら、2度書かれる「庚寅」の字を見比べていただきましょう

左:冒頭の「庚寅」、右:2度目に出てくる「庚寅」のアップ
左が冒頭の「庚寅」、右が2度目に出てくる「庚寅」です。


同じ漢字を並べてみると、ところどころ字画が合わないところがみえてきます。「庚」の最終画の右払いや「寅」の1画目、ウ冠のてっぺんがないあたりなどがわかりやすいでしょうか。出土してすぐ、文字が錆に覆われている状態でのX線写真をみてもこの字画であったことがわかります。

冒頭の「庚寅」のエックス線写真
冒頭の「庚寅」のX線写真(福岡市埋蔵文化財センター提供)

つまり、出土してから文字が取れてしまったのではなく、古墳にこの大刀が納められる前の段階で、その金色の線は既になかったことがわかります(※3)。この大刀が見つかった古墳自体は、石室や土器の形状から、7世紀初頭~前半頃につくられ、何度か埋葬されたとみられています。西暦570年を契機につくられ、銘文が記された大刀は、しばらくの間、地上で人の手によって伝世されてから、糸島半島の古墳のひとつに副葬品として埋葬されたようです。

 「日」も2回でてきますのでそちらも見比べてみてください。

3 このような検討は、埋蔵文化財センターの保存処理作業の過程でされていきました。出土からの作業の様子は動画にまとめられています。庚寅銘大刀の保存処理作業を記録した動画は、福岡市埋蔵文化財センターのホームページで公開されています。とてもわくわくする動画ですので、こちらもぜひご覧ください。


 以上、独断と偏見による、みどころポイントでした。足を止めてみていただけるきっかけになればと挙げてみたものですので、ぜひ実物をみに常設展示室へ足を運び、皆さんそれぞれのみどころを見つけていただければと思います。

(学芸課 佐藤)

重要文化財 庚寅銘大刀(福岡市埋蔵文化財センター所蔵)は、福岡市博物館の常設展示室で公開しています。「ふくおかの名宝」展の観覧券で、会期中(10/10~11/29)に限り、常設展示室(国宝 金印を展示中)と企画展示室(名鎗「日本号」を展示中)もご覧いただけます。 

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