埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」の、前史から現代までをマニアックに深掘りした『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)。
この本は、博多・天神とは違う歴史をたどってきた「シーサイドももち」を見ることで福岡が見えてくるという、これまでにない一冊です。
本についてはコチラ。
この連載では「別冊 シーサイドももち」と題して、本には載らなかった蔵出し記事やこぼれ話などを紹介しています。ぜひ本とあわせてお楽しみいただければ、うれしいです。
過去の記事はコチラ。
第1回(「よかトピアに男闘呼組がやってきた!」)
第2回(「ダンスフロアでボンダンス」)
第3回(「よかトピアの「パオパオ・ロック」とは。」)
第4回(「開局! よかトピアFM(その1)KBC岸川均さんが育てた音のパビリオン」)
第5回(「思い出のマッスル夏の陣 in 百道」)
第6回(「最も危険な〝遊具〟」)
第7回(「開局! よかトピアFM(その2)1週間の全番組とパーソナリティー」)
第8回(「ビルの谷間のアート空間へようこそ」)
第9回(「グルメワールド よかトピア」)
第10回(「元寇防塁と幻の護国神社」)
第11回(「よかトピアのストリートパフォーマーたち」)
第12回(「百道地蔵に込められた祈り」)
第13回(「よかトピアのパンドールはアジアへの入り口」)
第14回(「あゝ、あこがれの旧制高校」)
第15回(「よかトピアが終わると、キングギドラに襲われた」)
第16回(「百道にできた「村」(大阪むだせぬ編)」)
第17回(「百道にできた「村」(村の生活編)」)
第18回(「天神に引っ越したよかトピア 天神中央公園の「飛翔」」)
※ 2023.4.28 一部タイトルを変更しました。
〈019〉西新と愛宕の競馬場の話。
今年もいよいよ終わりが近づいてきました。1年は早いものですね。
さて年末の風物詩といえば、やっぱり有馬記念!
いわずと知れた、日本中央競馬会(JRA)による中央競馬の重賞競走(GI)です。今年も12月25日(日)に千葉県船橋市の中山競馬場で開催が予定されています。暮れの風物詩として毎年楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。
とはいうものの、筆者は競馬にはさほど興味があるわけではないのですが、曾祖父がとにかく無類の馬好きだったらしく、そのせいか有馬記念など大きなレースはテレビやラジオでなんとなく気にして見てしまいます。
競馬はご存じのとおり、競輪・競艇・オートレースとともに「公営競技」と呼ばれ、公的賭博を目的に開催されているプロスポーツです。
農林水産省によれば、令和3年の競馬開催は中央競馬で288日、その売り上げは中央競馬で3兆1080億円、地方競馬で9933億円に上りました。すごい!
競馬場への入場者はコロナ禍以降激減したものの、インターネット投票などが好調だったので、売上げ的には右肩上がりのようです。
全国にある競馬場の数は、同じく農林水産省によると、中央競馬で10ヶ所、地方競馬で17ヶ所。場外馬券売場にいたっては177ヶ所も開設されています。
昨年の競馬人口はのべ1億8000万人近くにもなるそうで、競馬は北海道から九州まで、日本全国津々浦々で楽しまれています。
いけぇぇぇぇーー! させぇぇぇぇーー!! |
さて現在は賭博がメインの競馬ですが(もちろん賭けずに馬を愛でるのが目的の方も多いでしょうが)、日本競馬は神社とも深く関係しています。
馬が登場する神事としては流鏑馬などが有名ですよね。現在でも全国各地の神社で行われています。福岡では飯盛神社(西区)や香椎宮(東区)などが有名です。
同じように競馬も神事として行われていて(奉納競馬)、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)では「競馬会神事(くらべうまえしんじ)」として、現在も続いています。
こちらは下鴨神社の流鏑馬。カッコイイですね。 |
またかつての競馬は神社のお祭りの余興としても、各地で行われました。
近いところでは、西区にある愛宕神社の春季大祭の際に余興として競馬が行われ、毎年大勢の人が競馬を楽しんでいたようです。
……え、愛宕神社で競馬? 一体どこで???
愛宕神社は愛宕山に鎮座しています。 さすがに山には競馬場はないと思うけど……? |
その場所は、愛宕神社からはちょっと離れた西新の海辺。
西南学院大学博物館の近く、今では大型マンションが立ち並ぶ一帯に、かつて競馬場がありました。この辺りはすこし低地になっていて、大正2(1913)年まで紅葉八幡宮があった場所の裏手(北側)に当たります。
大正時代の地図を見ると、なんだか不思議な輪っかが描かれているのが分かります。これが競馬場です。この競馬場で愛宕神社の春季大祭の余興競馬が行われていました。
(福岡県立図書館所蔵「福岡市及近郊實測図」昭和元年、部分) 不自然に楕円形の何かが描かれています。 |
現在の住所でいうと、早良区西新2丁目付近です。
上の地図は厳密な部分まで正確ではないものの、現在のよかトピア通りが上の地図の海岸線と思って見ていただくと、その位置関係が分かりやすいかもしれません。
コチラからもご覧いただけます。→ Googleマップ
昭和48(1973)年に西新小学校がつくった『西新―福岡市立西新小学校百周年記念誌―』という本(すばらしい本です)には、明治や大正時代の思い出話がたくさん掲載されているのですが、その中に「大正時代の風物詩」として、次のような一文がありました。
(略)草競馬、現在百道海水浴場の南、西南中学の東一帯で秋には定期的に催されていました。(略)正月の愛宕さまの祭り奉納競馬は霰降る寒風の中で百道の競馬場で行はれ、大西の肥前屋、松田の馬車馬で騎手は馬ちゃん、万ちゃんが夫々(それぞれ)人気者でした。
「大西」とは西新の古い地名で、現在の早良郵便局の南側(商店街側)あたり。
「肥前屋」とはそこにあった酒造所、「松田」とは恐らく同じ大西にあった醤油屋のようで、そこの馬車馬が出走し、騎手はそれぞれ「馬ちゃん」と「万ちゃん」という人が人気だった、ということでしょう。
西新の皆さんにとっても競馬が身近にあったことがよく分かります。
また、さきほどの引用からも分かるように、この西新の競馬場は愛宕神社の競馬専用ではなく、競馬会による競馬や草競馬も頻繁に行われていました。
かつては政府や軍が軍馬の育成や品質の向上を目的に競馬を奨励していたこともあって、さまざまな競馬団体や競馬会社がありました。
これらの団体が主催する競馬が、神事以外でも西新の競馬場で開催されていたのです。
たとえば、明治43年には「西新町競馬会社」なる団体の主催により「獣医左座養貞氏古稀祝賀」として、西新の競馬場で競馬会が行われました(1月9日・10日)。この時の出馬は「百余頭」に達し、当時の連隊の司令官なども来賓として見学したといいます。
このように、西新の競馬場では愛宕神社大祭の余興競馬を中心としてさまざまな競馬が行われ賑わいましたが、大正14年に愛宕神社に程近い室見川左岸に競馬場がつくられたことで会場がそちらに移ってしまい、それ以降は他の競馬についても西新ではほとんど開催されなくなったのだそうです。
……とはいえ、この新設競馬場については新聞報道以外に記録が見当たらず、詳しい事が分かりません。
新聞記事によると、この競馬場は姪浜町の有志が発案、「福博乗馬俱楽部」と提携して話が進み、姪浜町会が賛助して、大正14年1月23日に開場したそうです。
競馬場は室見川左岸につくられ、馬場の延長は半マイル(約804.5m)、審判・観覧席や投票場を擁した立派なもので「愛宕競馬場」と名付けられたといいます。
現在の競馬場の広さは、中央競馬で1600m以上、地方競馬で1000m以上とされていますから、地方競馬場よりもやや小ぶりとはいえ、なかなかの規模です。
というか、そもそもそんな規模の競馬場が愛宕下の一体どこに建てられたのか、気になって調べてみました。
記事には愛宕競馬場は「浦山崎」につくられた、とあるので、現在の愛宕1丁目付近になるはずです。
コチラからもご覧いただけます。→ Googleマップ
該当する部分を、愛宕競馬場ができた後と思われる昭和元年の地図で見てみます。
(福岡県立図書館所蔵「福岡市及近郊實測図」昭和元年、部分) ……ない。なにもない。 |
残念ながら、地図にそれらしい記述は見当たりません。
現在ではすぐ近くに福岡都市高速道路や外環状道路が走り、周辺には家々が建ち並ぶ完全な住宅街になっています。
まったくその形跡も痕跡もない愛宕競馬場。その謎は深まるばかりです。
現在の室見橋西詰交差点。この付近に競馬場が……? |
一方、西新の競馬場は昭和になるとかつてのように競馬が開催されることはなくなりますが、敷地はそのまま空き地として残りました。
この場所はその後、昭和17年の「大東亜建設大博覧会」の会場となって利用されることになるのですが、その話はまた次の機会に……。
【参考文献】
農林水産省ホームページ 畜産局>競馬 https://www.maff.go.jp/j/chikusan/keiba/lin/index.html
競馬の概況(PDF) https://www.maff.go.jp/j/chikusan/keiba/lin/attach/pdf/index-9.pdf
JRAの概要 成長推移 https://jra.jp/company/about/outline/growth/pdf/g_22_01.pdf
明治43年1月12日『福岡日日新聞』朝刊5面「西新町競馬会」
大正14年1月10日『福岡日日新聞』朝刊3面「姪浜愛宕下に新競馬場」
『西新―福岡市立西新小学校百周年記念誌―』福岡市立西新小学校創立百周年記念会、1973年
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[Written by かみね/illustration by ピー・アンド・エル]