2023年7月14日金曜日

【別冊シーサイドももち】〈045〉2100年のパナコロニーからPAF522便に乗船したら、こうなった―よかトピアの松下館(1)―

       

埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」の、前史から現代までをマニアックに深掘りした『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)。


この本は、博多・天神とは違う歴史をたどってきた「シーサイドももち」を見ることで福岡が見えてくるという、これまでにない一冊です。


本についてはコチラ


この連載では「別冊 シーサイドももち」と題して、本には載らなかった蔵出し記事やこぼれ話などを紹介しています。ぜひ本とあわせてお楽しみいただければ、うれしいです。



過去の記事はコチラからご覧ください。

1(「よかトピアに男闘呼組がやってきた!」)
2(「ダンスフロアでボンダンス」)
3(「よかトピアの「パオパオ・ロック」とは。」)
4(「開局! よかトピアFM(その1)KBC岸川均さんが育てた音のパビリオン」)
5(「思い出のマッスル夏の陣 in 百道」)
6(「最も危険な〝遊具〟」)
7(「開局! よかトピアFM(その2)1週間の全番組とパーソナリティー」)
8(「ビルの谷間のアート空間へようこそ」)
9(「グルメワールド よかトピア」)
10(「元寇防塁と幻の護国神社」)
11(「よかトピアのストリートパフォーマーたち」)
12(「百道地蔵に込められた祈り」)
第13回(「よかトピアのパンドールはアジアへの入り口」)
第14回(「あゝ、あこがれの旧制高校」)
第15回(「よかトピアが終わると、キングギドラに襲われた」)
第16回(「百道にできた「村」(大阪むだせぬ編)」)
第17回(「百道にできた「村」(村の生活編)」)
第18回(「天神に引っ越したよかトピア 天神中央公園の「飛翔」」)
第19回(「西新と愛宕の競馬場の話。」)
第20回(「よかトピア爆破事件 「警視庁捜査第8班(ゴリラ)」現る」)
第21回(「博多湾もよかトピア オーシャンライナーでようこそ」)
第22回(「福岡市のリゾート開発はじまりの地?」)
第23回(「ヤップカヌーの大冒険 よかトピアへ向けて太平洋5000キロの旅」)
第24回(「戦後の水事情と海水浴場の浅からぬ関係」)
第25回(「よかトピアへセーリング! オークランド~福岡・ヤマハカップヨットレース1989」)
第26回(「本づくりの裏側 ~『シーサイドももち』大解剖~」)
第27回(「開局!よかトピアFM(その3)今日のゲスト 3~4月」)
第28回(「まだまだあった! 幻の百道開発史」)
第29回(「開局!よかトピアFM(その4)今日のゲスト 5~6月」)
第30回(「百道の浜に舞いあがれ! 九州初の伝書鳩大会」)
第31回(「開局! よかトピアFM(その5)今日のゲスト 7月」)
第32回(「聞き書きの迫力~西新小学校100周年記念誌を読む~」)
第33回(「開局!よかトピアFM(その6)今日のゲスト 8~9月」)
第34回(「百道を駆け抜けていった夢の水上飛行機」)
第35回(「開局!よかトピアFM(その7)ここでも聴けたよかトピア」)
第36回(「幻の「百道女子学院」と須磨さんの夢」)
第37回(「開局!よかトピアFM(その8)『今日もリスナーさんからおたよりが届いています』」)
第38回(「西新町209の謎を解け!~建物からたどるまちの歴史~」)
第39回(「「地球をころがせ」を踊ってみた ―「よかトピア」オリジナル音頭―」)
第40回(「映える写真が撮りたい!~百道とカメラとモデルの雑史~」)
第41回(「よかトピアでアジア旅 ― 三和みどり・エスニックワールドのスタンプラリー ―」)
第42回(「〔世界水泳2023福岡大会応援企画①〕スリルを楽しむ~百道の飛込台とハイダイビング~」)
第43回(「〔世界水泳2023福岡大会応援企画②〕大海を泳ごう~かつての遠泳、いまはオープンウォータースイミング~」)
第44回(「百道海水浴場はどこにある?」






〈045〉2100年のパナコロニーからPAF522便に乗船したら、こうなった―よかトピアの松下館(1)―


博覧会で多くの人が楽しみしていたのは、未来を予感させる最新技術。

なかでも、高度経済成長の頃から高い技術と新しいアイデアで日本の産業を牽引してきた電機メーカーのパビリオンには、どこも長い行列ができました。


松下電器グループがアジア太平洋博覧会(よかトピア)に出展した「大型マルチ映像の松下館」もそのひとつ。テーマは「アドベンチャースペースシップ─宇宙から地球への冒険旅行─」で、五角形のパビリオンの建物はこのテーマの通り、宇宙船をイメージしたものでした。



と言うのも、いつものように福岡市博物館に収蔵されているよかトピアの資料を見ていたら、たまたま宇宙船のチケットを見つけました。

これです。


(福岡市博物館所蔵)


何やら数字とアルファベットが並んでいます。よく読んでみると、搭乗する便は「PAF522」、席は「ファーストクラス」ですが、座席指定はないようです。「23ゲート」から搭乗するよう指定があって、船内は禁煙とのこと。

出発地は「NP1989 パナ・コロニー」、目的地は「地球 福岡」になっています。


チケットを開いてみると、「大型マルチ映像の松下館」のリーフレットになっていました。




(福岡市博物館所蔵)
太陽系の紹介のなかで、冥王星を入れて惑星を9つとしているのは懐かしいですね。
冥王星が国際天文学連合(IAU)で惑星の定義に当てはまらないとされたのは2006年のことでしたが、
小さい頃に覚えたこちらの方がなじみがあります…。



西暦2100年、宇宙から地球への冒険旅行へご招待します。」の大きな文字。宇宙船の絵もかっこいいです(この宇宙船、どことなくポータブルのCDプレイヤーに見えてくるのは気のせいでしょうか)。



これは楽しそう。行かざるを得ない…。

(という訳で、ここらからは松下館を疑似体験します)

※搭乗券と一緒に福岡市博物館に収蔵されている『大型マルチ映像の松下館─プレス用資料─』(松下電器産業株式会社)を参照して、当時の様子を復元します。


ちなみにこの搭乗券(松下館のリーフレット)、よく探してみると赤・青・緑の3種類がありました(どれも便名・座席などは同じでした)。


(福岡市博物館所蔵)


当時、松下館はよかトピア会場のなかで、企業パビリオンが並んでいるゾーンの東側にありました。乗用車の駐車場に近くて、いい場所です。

建物の写真を見ると、オレンジ色の屋根に「National」「Panasonic」の文字がよく映えています。


(市史編さん室作成)


(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡’89公式記録』
〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より)




では、さっそく搭乗券を手にして「松下館」へ向かいます。

パビリオンの入場口「ファザードゲート」には、朝早くから長い行列ができています。しばらく待って、ようやくウェイティングゾーンに入ると、そこはもう「パナ・コロニー」です。

あ、そうそう、「パナ・コロニー」は地球から遠く離れた銀河系宇宙の惑星(という設定)です。


これは最初にちょっと設定の説明が必要ですね…。

先ほどの搭乗券(松下館のリーフレット)にはこのように書いてあるのです。


21世紀、人類はやせ細った地球に休養期間を与えるために、銀河の彼方にあるNP1989惑星「パナ・コロニー」へ移住した。そして2100年のいま、私たちは科学者たちが発表した、美しさを取り戻しつつある地球の姿を確かめようと、宇宙船アドベンチャースペースシップ「パナ・ファンタジア号」に乗って旅立つことにした。隕石群や磁気嵐の危険もかえりみず、もう一度あの美しい水の惑星を見るために、銀河をワープして太陽系へ、そしてあの懐かしい地球へと冒険の旅が始まる。私たちの「パナ・ファンタジア号」はいま発進準備完了!


これを読むと、どうも私たち観客(乗客)は2100年の宇宙に住んでいるようです。そしてかつての姿を取り戻しつつある地球の姿を確かめるために、これから宇宙旅行に出かけようとしているとのこと。


なるほど、そうすると搭乗券の便名「PAF522」の「PAF」は、「パナ・ファンタジア」の略ということなのでしょうか(だとすると、「522」は何なのでしょう…。これも何か意味がありそうですよね…。謎が解けた方、ぜひお知らせください)。

出発地「NP1989 パナ・コロニー」の方は、「National」「Panasonic」の頭文字と、よかトピアが開催された西暦1989年から名付けられたものかもしれませんね。



ウェイティングゾーンはこの宇宙船の搭乗ゲートになっていて、目の前には今から乗る「パナ・ファンタジア号」が見えています。この「パナ・ファンタジア号」は約350名が乗船できる超大型の宇宙船。およそ8分間ほどで銀河系を飛び回る超高速船です。搭乗口は、コンピューター制御の光と音の演出で未来感が満載。宇宙旅行への期待が高まります。


ここで発着ゲートのスタッフから安全に航行するための注意事項が伝えられます。その内容は搭乗券にも小さく記されていました。書き上げてみると、こんな感じです。



① 本船がワープ時、およびタイムワープ時にお席を立たないで下さい。隕石接近時には、危険回避のため予告無く急停船する場合がございます。

② 隕石が接近しましても、本船の自動回避装置が作動します。自動装置故障時にはバックアップシステムによって回避操作がなされる2ウェイシステムです。

③ 本船への危険物の持ち込みは、宇宙航行法第19条によって禁止されております。

④ タイムワープ時、歴史を変えるような言動や行為をしたと見なされた場合、宇宙特別公安法第89条によりパスポートの発行停止となりますので注意して下さい。

⑤ この宇宙船は最新の安全装置を整えた、宇宙安全運行協会の認定機種ですが、万一の事故発生時には近くの惑星に緊急着陸する場合もございます。その場合には本船の乗務員、あるいは退避誘導ロボットの指示に従って下さい。



これって何かがおこるフラグですよね…。銀河系を旅する宇宙旅行のはずなのに、タイムワープって何でしょう…??



注意事項の説明が終わると、マスコットロボット「スパーキー」(当時松下電器のCMなどでおなじみのキャラクターでした)から乗船の合図が出されました。私たち乗客は搭乗券を手にして、不思議な光が広がる船内へ進んでいきます。全員が着席すると、いよいよ地球を目指して出発です。


客席の前方には、大型150インチの3面パノラマ・ウィンドウがあって、そこから、船外の景色を眺められるようになっています。はてしなく広がる銀河を見ながら、快適な宇宙旅です。飛び交う隕石も無事によけ、窓の外に見えた地球はどうやらよみがえりつつあります。野生の動植物も生命力を取り戻しているようです。



ところがそれもつかの間。突然、磁気嵐に襲われ、船内は真っ暗に。注意事項の話が現実のものとなってしまいました…。そしてここで予期せぬタイムワープ!

着いた場所はなんと昔の地球です…。ただ、はからずも乗客はここで、かつて人類を育んでくれた自然豊かな地球の歴史を目にすることになりました。


乗客が地球環境への思いをあらたにするなか、宇宙船はコンピューターが自動で故障を修復して、2100年に戻るためにもう一度タイムワープを試みます。


しかしこの修復は完全ではなかったのです。

「パナ・ファンタジア号」はふたたび地球に不時着してしまいました。



さて、今度はいつのどこに着いてしまったのかというと…



パノラマ・ウィンドウの外を見た乗客は、そこに1989年の「よかトピア」の景色を目にするのです…。

まさかのさっきパビリオンに入る前に見たばかりの風景…。大どんでん返し)。




というお話。

振り出しに戻る的な展開は、観客の予想外のものになっていました。




この時空を超えた冒険は約8分間。150インチの画面を3面横に並べ(横9.2m×縦2.3m)、迫力のあるマルチ映像で宇宙旅行を体験させてくれるものでした(「MⅡ」という新しい技術が使われていました)。

撮影は3台のカメラで同時におこなわれ、それを3つの画面にずれがないように再生するために、1/30秒の単位で作動する正確な全自動コントローラーを開発したのだそうです(さすが松下電器)。宇宙船から見た地球の空撮映像は、オーストラリア・ニュージーランドでのロケとのこと。ヘリコプターに特殊金具でカメラを固定し、迫力の映像を撮っています。


映像制作は東宝映像美術が担当し、映像総合プロデューサーは安武龍さんがつとめました。

安武さんは福岡県出身の東宝のプロデューサー。過去には、『ブラボー!若大将』(1970年。監督は岩内克己さん。出演は加山雄三さん・田中邦衛さんほか)などの「若大将シリーズ」や、『野獣死すべし 復讐のメカニック』(1974年。監督は須川栄三さん。出演は藤岡弘さんほか)、『東京裁判』(1983年。ドキュメント。監督は小林正樹さん)などの制作を手がけた方です。


そして音楽は細野晴臣さんと越美晴さん・長岡成貴さん。細野さんは「はっぴいえんど」「ティン・パン・アレー」「YMO」などで活躍された、当時すでに日本のポップミュージックの重鎮にして、名ベースプレイヤーです。

越美晴さんは、現在は「コシミハル」名義で活動されているシンガーソングライター。1978年にシングル『ラブ・ステップ』でデビューされ、のちには細野さんのレーベルから作品をリリースされています。ジャンルにとらわれない楽曲は唯一無二の存在感です。長岡成貴さんは作曲・編曲家。SMAPの「Peace!」などたくさんのヒット曲を作りながら、映画・ドラマ・アニメ音楽やソロワークなど幅広く活動されています。


宇宙船から見る映像は、実はこうした豪華なメンバーで作られたものでした。松下館ではこれを16分に1回のペース、春期だと10:00~17:14の間に計28回、夏期だと10:0~20:10の間に計39回、毎日上映(運航)していました。




さてこの上映が終わると、乗客は1989年のよかトピアに降りたって、パナソニックゾーンに移動します。ここには6つのコーナーがあって、宇宙船を降りた後も松下電器の技術やエンターテインメントを楽しむことができました。


まずは「ハイビジョンシアター」。ここは約30人が座れるミニシアターです。今では当たり前のハイビジョンですが、当時は高画質を実現する最新技術として注目されていました。宇宙船の旅でも登場したスパーキーが活躍する『チャーリーとスパーキーの大冒険』や、カナダの大自然を撮った『カナディアンロッキー』を見ることで、ハイビジョンの美しさを体感できるようになっていました。

また「新製品紹介コーナー」では、BS衛星放送の機器も展示され、実際に衛生放送を常時オンエアしていました。これも今では身近な技術になっています。


ムービーコーナー」では、宇宙船の大画面で見た「パナ・コロニー」のミニチュアを展示。観客は松下電器のビデオカメラ「マックロードムービー」でこれを撮影体験することができました。今ほど気軽に動画が撮れない時代、さながら特撮カメラマンや監督になった気分が味わえる特別なコーナーでした。

さらには、「ゲームコーナー」も用意されていました。今となっては懐かしいMSX2規格の最新ゲームが自由に楽しめ、人気のコーナーでした。


ほかにも「九州松下電器」を紹介するコーナーがあったり、「SPACE SHIP SHOP」というグッズ販売コーナーでお土産を買うこともできました。

グッズもシアターの内容にあわせて時空を超えたユニークなもの。たとえば、こういうものが売っていました。

・NASAの刺繍エンブレム(800円・1500円)

・NASAの宇宙飛行士用乾燥アイスクリーム(600円)イチゴ味・バニラ味

・いん石(1650円~)

・三葉虫の化石(1650円)

・カードタイプの未来食(200円)コーヒー・リンゴ・パイン・ヨーグルト・サケ味の5種

などなど



(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡’89公式記録』
〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より作成)



人気だった松下館は、3月17日に開会すると、早くも5月9日に入館者30万人、6月21日には50万人を突破しました。

30万人目に入館した方は、宮崎県から朝4時に会場に到着して、13時前に松下館を訪れ、この幸運にめぐまれたとのこと。記念にパナソニックの35ミリフィルムの自動カメラがプレゼントされました。ちなみに50万人目の記念品はCDプレイヤー。どちらも時代をよく表していますよね。

最終的には116万人の人々がこの宇宙の旅を楽しみ、松下館は大ヒットとなりました。



この松下館、もう少し別の視点からも話を続けたいのですが、長くなりそうですので、これはまた今度に。







【参考文献】

『アジア太平洋博ニュース 夢かわら版'89保存版』((株)西日本新聞社・秀巧社印刷(株)・(株)プランニング秀巧社企画編集、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1989年)

・『アジア太平洋博覧会―福岡'89 公式記録』((株)西日本新聞社編集製作、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1990年)

・『大型マルチ映像の松下館─プレス用資料─』(松下電器産業(株))

・リーフレット『ADVENTURE SPACE SHIP 大型マルチ映像の松下館』(松下電器産業(株))

・国立科学博物館のサイト「宇宙の質問箱」

https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/index.htm



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Written by はらださとしillustration by ピー・アンド・エル  

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