埋め立て地にできたニュータウン「シーサイドももち」の、前史から現代までをマニアックに深掘りした『シーサイドももち―海水浴と博覧会が開いた福岡市の未来―』(発行:福岡市/販売:梓書院)。
この本は、博多・天神とは違う歴史をたどってきた「シーサイドももち」を見ることで福岡が見えてくるという、これまでにない一冊です。
本についてはコチラ。
この連載では【別冊 シーサイドももち】と題して、本には載らなかった蔵出し記事やこぼれ話などを紹介しています。ぜひ本とあわせてお楽しみいただければ、うれしいです。
〈086〉「この楽しさにあなたの首は耐えられますか?」 ─よかトピアの九州電力パビリオン(その1)─
1989年3月17日に開会したアジア太平洋博覧会(よかトピア)。
先日よかトピアについての新聞記事を探していましたら、こんなキャッチコピーが目に飛び込んできました。
「いよいよ、明日、発進。」
「この楽しさにあなたの首は耐えられますか?」
開会前日のよかトピアの九州電力パビリオン、「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の広告でした(1989年3月16日『日本経済新聞』夕刊)。
「この楽しさにあなたの首は耐えられますか?」、なかなか攻めたフレーズですよね。
大喜利の問題になりそうです(「この楽しさにあなたの首は耐えられますか?」どんな楽しさ?)。
このキャッチコピーが気になってしまって、さっそくこの九電パビリオンを調べてみることにしました。
すると、パビリオンのことだけでなく、九電とよかトピアの関わりについても知ることができました。
今回はそんな話です。
まずはこのパビリオン「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の世界観(設定)をご紹介。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の絵葉書 |
「スーパーシップ9」は宇宙から地球へ、そして未来都市にまで航行する宇宙船です。
伸縮自在で時空間も飛び越えてしまう、文字通りのスーパーシップ。
直径22メートルの船室には、400名が搭乗できます。
この「スーパーシップ9」の出発地は地球の北極上空38万キロのかなた、宇宙空間に浮かんでいる発進基地「スペースポート」です(地球と月との距離が約38万キロですので、それと同じくらい離れています)。
乗船するにはチケットが必要です。
これがそのチケット。
(福岡市博物館所蔵) |
気になるのは、チケットの下に記された「α星人からの熱いメッセージ」です。
まったく読めない文字で何か記されています。
チケットのデザインは全部で3種類。
それぞれメッセージも違っているようです。
(福岡市博物館所蔵) |
3種類のメッセージ部分をアップにしてみます。
メッセージ①
メッセージ②
メッセージ③
チケットを裏返すと、α星の文字を日本語に翻訳するための解読表が載っていました。
(福岡市博物館所蔵) |
なるほど、これを頼りに読めということのようです。
(お時間がある方、この3種類のα星人のメッセージを解読してみてください。正解はこのブログの一番最後で。)
チケットの裏には記念スタンプを押せるようにもなっています。
(福岡市博物館所蔵) |
ちなみに、このチケットには特別搭乗券というものもありました。
そちらはスタンプの代わりにキラキラシール(全3種類)を貼るようになっています(ビックリマンシール的ですね)。
(福岡市博物館所蔵) |
(福岡市博物館所蔵) |
さて、チケットを手に「スペースポート」にやってくると、すぐ目の前に宇宙船が待機しています。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の絵葉書 |
まずはここで宇宙旅行についての案内を聴きます。
やがてエンジン音が響き、カウントダウンがはじまり、いよいよ乗船の時間です。
扉を開けて「スーパーシップ9」に乗り込むと、壁に連なる大きな窓が乗客を圧倒します。
1枚が縱5メートル×横6メートルもある窓が全部で9つも並び、船内を360度取り囲んでいます。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の絵葉書 |
「スペースポート」を出発した「スーパーシップ9」が向かうのは地球。
船体の動きを座席から感じつつ、ぐるりと囲まれた窓で宇宙の景色を前後左右すべて楽しみながらの快適旅です。
地球でのプランは、日本の九州をめぐる旅「新鮮なふるさと九州発見の夢飛行」。
コースはこうなっています。
宇宙基地 → 屋久島(鹿児島県)→ 五島列島(長崎県)→ 桜島(鹿児島県)→ 久住高原(大分県)→ 生駒高原(宮崎県)→ 霧島(鹿児島県)→ 阿蘇(熊本県)→ 菊池渓谷(熊本県)→ 球磨川(熊本県)→ 虹の松原(佐賀県)→ 博多(福岡県)→ 未来都市
この間は約13分で、広い九州をあっという間に飛び回ります。
このあと最後に宇宙船がたどり着くのは、未来都市「トゥモローランド」。
ここでは宇宙船を降りて、未来の街を散策できました。
未来の電気メーカーのショーウィンドウには「物体転送ポット」「万能調理ロボット」といった未来製品が並び、光の芸術「ライティング・ギャラリー」が街を彩っています。
宇宙旅行社「スペースシップトラベル社」がいろいろな宇宙ツアーのプランを紹介してくれたりもしました。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の絵葉書 |
…というのが、「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のストーリー。
パビリオンでは、このストーリーを次のような導線で体感できるようになっていました。
(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡’89公式記録』 〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より) |
こうやって文章で紹介すると、「え、九州なら宇宙船に乗らなくても家から車でいけますけど…」と思ったり、「屋久島の次は五島より桜島へ行った方が近くのに」と考えてしまったり、あるいは展示がどこの博覧会でも流行りだった映像を見せるシアター型、それにテーマもありがちな宇宙や未来だし…と、あまりおもしろみが感じられないのが正直なところではないでしょうか…。
確かに、よかトピアのなかでも似たようなパビリオンがほかにもありました。
たとえば、以前ご紹介した「大型マルチ映像の松下館」も宇宙から地球へ、そして時空を超えた冒険旅行を映像で見せています。
ただ、もう少し詳しく見てみると、この「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」はパビリオンそのものに、映し出す映像の技術に、そして思わぬ広がりをみせた「であい」に、さらには九州の企業ならではの出展に至る経緯などに、たくさんの個性が詰まっているようなのです。
まずはパビリオンそのものについて。
パビリオンの場所はここにありました。
(福岡市史編さん室作成) |
『九州電力40年史』によると、出展にあたって九州電力では当初からパビリオンも展示物の1つと考えていたそうです。
そのため、パビリオンの形は展示内容にあわせた宇宙基地(スペースコロニー)をイメージさせるものとしました。
一方でこれは博覧会のパビリオンですので、閉会後にすみやかに撤去することも考えておかなければなりません。
当然、廃棄物が少ない方がいいですし、期間限定の建物ですから工事費も抑えたいところです。
そこで採用されたのが単管トラス工法でした。
単管トラス工法とは、工事現場の足場で使うようなまっすぐな鉄パイプを接続金具で繋いで、三角形をつくりながら、それを複雑に組み合わせて建物全体の形をつくっていくやり方。
福岡市博物館に残された「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレットには、その建設途中の写真が載っていました。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(表紙) |
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(部分) |
強度の高い三角形の連続によって、柱を立てなくても広い空間と高い屋根をつくりだすことができるため、大人数で映像を見るパビリオンには有効です(柱でスクリーンが見えないと困りますものね。せっかく入場したのに、「見切れ席」ではお客さんも嫌でしょうし…)。
この工法によって、パビリオンの売りだった360度のスクリーンを前後左右、存分にすべての席で楽しむことが可能になりました。
また、鉄パイプは人の手で接続していきますので、大がかりな重機を多数使った組み立ては不要です。
閉会後にパビリオンを解体する時も、分解されて鉄パイプと接続金具に戻っていくため、ゴミが少なくなります。
展示内容に合う空間を生み出しながら、同時にエコでもあるという、ほんと良いことばかり。
ところが…。
鉄パイプはまっすぐですから、これを組み合わせながら曲線を描くのはとても難しいのだそうです。
スペースコロニーらしいカーブをつくるためには、単調な曲線というわけにはいきませんし…。
そうすると、鉄パイプを接続する角度を場所ごとにそれぞれ細かく変えていかなければならなくなります。
しかも1本1本、手で接続金具を締めながら繋いでいくのですから、それは大変なはずです。
さらには、これを炎天下で作業なさったのだとか…。
実はこの工法で曲線の建物がつくられたのは、この「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」が日本で最初なのだそうです。
パビリオンを建てること自体が、まずはとてもチャレンジングなプロジェクトだったのですね。
使われた鉄パイプは1万4400本(全部並べると32キロメートル!)、それを繋いだ接続金具は2万4000個にも及んだそうです。
鉄パイプが連続する姿はそれだけで幾何学的で美しいのですが、そのうえには屋根と壁になる板を貼ることになります。
『九州電力40年史』によれば、工事を担当された方は「外から見えないのが残念」と仰りながら、「もう一度造れと言われたら、もう嫌です…」と話されたのだとか…(難工事を乗り越えてようやく完成させた自信作であることがよくあらわれた言葉ですよね)。
この鉄パイプの骨格の上に貼られたのはガルバリウム鋼板です。
これはアルミニウムと亜鉛の合金でメッキした金属の板で、腐食に強くて軽量な建材。
「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」には、全部で8000枚ものガルバリウム鋼板が使われました。
写真だとパビリオンは白色に見えるのですが、実際はこの鋼板によって銀色に輝いていました。
単管トラスの美しさは隠れてしまいましたが、宇宙感が強く、パビリオンのテーマにもよく合う姿でした。
「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」の起工式は1988年4月27日でしたが、竣工式が開幕まであと1週間に迫った1989年3月9日だったことが、難工事とテーマに即した完成度の高さをよく表しています。
建築分野でも注目されたパビリオンでしたので、建設中には有明高等専門学校から依頼があり、建築学科第5学年の学生のみなさん(35名)が福岡タワーや三菱未来館とあわせてわざわざ見学に来られたそうです。
(有明高専は福岡県大牟田市の名物、巨大なお好み焼き「高専ダゴ」の由来になった学校ですよね。)
このパビリオン、意匠設計は木島安史さん(熊本大学教授〈当時〉)、構造設計は田中弥寿さん(早稲田大学教授〈当時〉)の手によるものでした。
木島さんはシーサイドももちの「世界の建築家通り」に「ベガ」をつくられた方で、ドーム型が印象的な建築家です。
(地理院地図Vectorを基に作成) |
(福岡市史編さん室撮影) シーサイドももちの「世界の建築家通り」に建つ 木島安史さんが設計した「ベガ」。 写真では見えづらいのですが、ドーム型の屋根が採用されています。 |
パビリオンで映写された映像も大がかりでこだわったものでした。
360度の映像を撮ったのは、サーキノビジョンの特殊カメラ。
円状に9台のカメラを取り付け、同時に撮影したのだそうです(鏡がついていてそれに映る風景を撮るのだとか)。
宇宙船の窓に映し出される壮大な九州各地の自然は、ヘリコプターにぶら下げて空撮したもの。
博多祇園山笠の臨場感あふれる映像に至っては、前代未聞の舁き山にカメラを載せて、実際にそれを舁き手たちに舁いてもらいながら撮っています。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(部分) |
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(部分)。 山笠の上に乗る「台上がり」になれるのは限られた人ですが、 ここではまさかのカメラが乗せられています。 (ウェブ掲載にあたって、舁き手のみなさんのお顔はぼかしました) |
これをパビリオンでは9つの映写機から9つのスクリーン(宇宙船の9つの窓)に向けて投映し、さらに円形に配置されたスピーカー13台(メイン5・スーパーウーハー4・シーリング4)から音声を出して、360度の視界と音を再現していました(映写時間約13分)。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(部分) |
座席にも大がかりな仕掛けがありました。
観客席は油圧で動くようになっています。
映像にあわせて、3本のシリンダーで観客席全体を持ち上げたり、下ろしたり、左右に揺らしたりして、まるで宇宙船に乗っているかのように動くしかけでした(最大傾斜5度)。
(福岡市博物館所蔵) 「夢飛行 スーパーシップ9 電力館」のパンフレット(部分) |
満席で90トンにもなる重さの観客席を、210キログラム/平方センチメートルの油圧で動かしていたのだとか。
1人1人のイスが個別に動くわけではないので、観客席のどこに座るかでも迫力が変わってきました。
当時、映画館のように観客席の真ん中あたりに人気が集中していたそうですが、実は観客席全体が一体として傾くため、動きが大きいのは端の方の席。
より宇宙船の動きを感じたい人は、端のイスを選ぶというツウな乗り方をされる方もいらっしゃったようです。
360度スクリーンと動くイスですから、VRと映画の4D上映を足したみたいなものとも言えるでしょうか。
(このパビリオンではゴーグルをつけませんので視界は限られた範囲ですし、イスの動きももっと緩やかで単調なのでしょうけど…)。
(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡’89公式記録』 〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より) |
パビリオンの外でも、夜にはネオン管とカラー照明でライトアップしたり、レーザーを放射するイベントをやったり、スペーシーな演出がほどこされました。
レーザーショー(「光のファンタジック・レーザーショー」)は、8月19日(土)・20日(日)の20:00、20:30、20:45に10分程度ずつ。
このときは世界最大級のレーザーが照射され、よかトピアのメインストリート(今の福岡市博物館と総合図書館の間のサザエさん通り)で誰でも見学できました。
(西日本新聞社編『アジア太平洋博覧会―福岡’89公式記録』 〈アジア太平洋博覧会協会、1990年〉より) |
体をゆらされながら、360度に展開する映像を追いかけて、うしろを振り返ったり、左右に顔を動かしたり、首が痛くなるのも忘れて多くの人がこの宇宙旅行を体験したのですが、「スーパーシップ9」にはほかにも目的地がありました。
また、航行するなかでの「であい」から、思わぬ目的地に飛んでいくことにもなりました。
だいぶん長くなりましたので、この話はまた次の機会に。
【参考文献】
・『アジア太平洋博覧会―福岡'89 公式記録』((株)西日本新聞社編集製作、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1990年)
・『アジア太平洋博ニュース 夢かわら版'89保存版』((株)西日本新聞社・秀巧社印刷(株)・(株)プランニング秀巧社企画編集、(財)アジア太平洋博覧会協会発行、1989年)
・『九州電力40年史』(九州電力社史編集部会編集、九州電力株式会社発行、1991年)
・『日本経済新聞』1989年3月16日(木)夕刊
【α星人のメッセージ解読】
① ヨウコソ スーパーシップ ナインヘ
② アタラシイ セカイノ デアイヲ モトメテ
③ デアイ フレアイ ユメヒコウ
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[Written by はらださとし/illustration by ピー・アンド・エル]
※ 誤字を修正しました。(2024.7.26)
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